『英語検定教科書』 【小串雅則(著),2011年,三省堂,2,200円】
副題は「制度、教材、そして活用」。著者は、元教科書調査官・視学官。と聞くだけで、四角四面の硬い本のように聞こえますが、本当に硬い本です。テーマが「検定教科書」なのですが、この本自体が「検定教科書についての検定教科書」とでも評せざるを得ないほど、「教科書的」なつくりで、副題のとおり、英語の検定教科書を取り巻く制度や、検定教科書の編集過程、個別の状況に合わせた教科書の活用法など、これ1冊で英語検定教科書について包括的な理解が得られます。当然、著者の経歴からしても、その内容は「文科省のお墨付き」と言ってよいでしょう。読んでみれば「なんだ、そんなこと知ってるよ」とか「そんなの当然じゃない?」と思ってしまう内容なのですが、あらためて、「じゃあ、あなた説明してみてよ」と言われると、途端にしどろもどろになってしまいます。英語教育に関する教職教養として、あるいは資料として、一度は読んでおく価値がある本だと思いました。また、そういった「教科書的」な記述の中に、ほんの時折、ちらっとだけ「生身の教員」としての著者が感じられ、どういうわけか嬉しい気持ちになりました。
『生徒の心に火をつける』 【横溝紳一郎(編著)大津由紀雄・柳瀬陽介(著)田尻悟郎(監修),2010年,教育出版,2,400円】
副題は「英語教師田尻悟郎の挑戦」。「田尻先生は何がどうすごいのか?」を、その指導技術から教育観にいたるまで、幅広い観点から分析し解き明かそうという試みです。『(英語)授業改革論』が田尻氏本人による解説であり、そのぶん「自慢話」的な要素もあったのに対し、本書は他者による解説であり、比較的客観的な記述となっています。とはいえ、田尻氏に寄り添う立場から書かれていて、読み進めるにつれ田尻実践の属人的側面が強く感じられます。その意味で、本書は、田尻実践を「理解する」ことについては格別の成功を収めているように思いますが、後進の一教員としては、自分の実践を改善するには、けっきょくは自分で自分の目標・評価・指導・教材の体系を作り上げていくしかないのだ、と尻を叩かれる思いがして、やはり気が重くなるのでした。(なお、中身には関係ありませんが、この本と『〜改革論』の裏表紙にある田尻先生の似顔絵は、著者の意図とは無関係でしょうが、まさに田尻先生が「アイコン
icon」化している現状を象徴するようで、少々居心地の悪さを感じました。)
『英語授業の「幹」をつくる本 上巻・下巻』 【北原延晃(著),2010年,ベネッセコーポレーション,各2,000円】
北原先生の指導体系を、北原先生自身が、発音指導、辞書指導、4技能の指導、歌の指導、評価など、英語指導を構成するあらゆる側面から解説し、その全貌を明らかにしようとしています。具体的な教材の例が豊富に示されており、中学校での英語教育を成功させるために、何を考え、何をなさねばならないかがよくわかります。下巻表紙には「ノウハウ」という言葉が見られますが、HOWをまねようという姿勢で本書を読んでは失敗する可能性が高いように思います。むしろ、これだけの「体系
system」を、一教員(=北原先生)が自ら考え、自力で作り上げてきたことこそ、読者が学ぶべきことだと思います。これを読んだ個々の教員が、「なぜ英語を教えるのか」→「英語の何を教えればよいのか」→「どのようにそれを教えればよいのか」という順序で、自分自身の指導体系を作り上げてこそ、その人の「幹」が作られるのではないでしょうか。
『「フォーカス・オン・フォーム」を取り入れた新しい英語教育』 【和泉伸一(著),2009年,大修館書店,2,200円】
「伝統的教授法」に始まり、「内容中心教授法」→「タスク中心教授法」→「フォーカス・オン・フォーム(FonF)」という外国語教育理論の変遷を丁寧に整理したうえで、現在の到達点であるFonFについて理論・実践の両面から概括的に解説していて、たいへんわかりやすいです。FonFは、もともと日本の学校英語教育に立脚したアプローチではありませんから、この本に述べられていることだけを見て、自分の置かれている現実と結びつけるのは難しく感じる部分はあります。理論面では「FonFで英語を習得するのに、どれだけの時間がかかるのか」という論点が、実践面では「現場の教員は何をどう用意すればよいのか」という指針が避けられているように思われました。また、SLAの理論を規準とするあまり、生徒の主観を等閑視している点も気になりました。とはいえ、これだけの情報量をここまでわかりやすくまとめあげる著者の力量には敬服しますし、1冊の本が全てを扱えるわけでもありません。残された課題については、また別の場所で考えるべきでしょう。
『小1〜小6年 “書く活動”が10倍になる楽しい作文レシピ100例』 【森川正樹(著),2008年,明治図書,2,460円】
小学校での国語科を中心とした作文活動が、小ネタ的なものからプロジェクト型の大がかりなものまで種々様々なものがきわめて具体的に紹介されています。「小学校」あるいは「国語」の色が濃い活動もありますが、むしろ中高英語にもそのまま転用できそうなものの方が多いように思います。「あ、これ、やってみたいなあ」と思う活動がたくさんあり、ライティング指導に悩む教員ならば、一筋どころではなく光明が見えるのではないでしょうか。英語教員必読!と宣伝しておきます。
『新算数科 教材開発の理論と実践』 【志水廣(著),2007年,明治図書,2,160円】
生徒に配布するプリントや黒板で提示して使う教具など、授業作りにおいては教員が自作の教材を作る場面が数多くあります。しかし、効果的な教材を作るにはどうすればよいかというのは、著者が言うように、案外語られることが少ないものです。本書では、小学校算数について、著者自身がどのような原理や法則性によって教材開発を行っているかが述べられ、具体的な教材例も豊富に示されています。当然のことながら、個々の教材については英語には直接の関係がないものばかりですが、それらを開発し、活用する際の考え方については、中高の英語においても参考になるものだと思いました。
『(英語)授業改革論』 【田尻悟郎(著),2009年,教育出版,1800円】
田尻先生のお話は、田尻先生が力点を置いて伝えたい部分と私が知りたい部分がかみ合わずに、なんともすっきりしない思いが残ってしまうことが多かったのですが、本書は、読んでいて、かなりすっきりしました。田尻先生の「理論」が、今までになく整理されているからだと思います。「私こんなことできるんですよ、すごいでしょう」という「見せびらかし」ではなくて、その「すごいこと」を生み出す原理が示されています。ただ、それでも、実践者としては「ほお、なるほど!」と思うようなことが、いかにもさりげなく書かれているのを見ると、彼我の力量の差を突きつけて見せられるようで落ち込みますが(苦笑)
『英語授業の心・技・体』 【靜哲人(著),2009年,研究社出版,2,400円】
もう紹介するまでもなく、靜先生らしい授業論。とにかく英語教師の仕事は生徒(学生)に英語の力をつけること。それが原理であり、その原理に従わない言説や態度は容赦なく切り捨て。特に、前半部で紙数を費やして力説されている発音指導の重要性については、多くの教員にとって耳の痛い話ではないでしょうか。しかも、靜先生がすごいのは、「では、どうすればよいのか」に答えるだけの具体的な実践方法を豊富に示すところ。それらの「ネタ」を仕入れるだけでも、耳の痛い思いをする価値があると思います。これだけ厳しい指導をきちんと成立させてしまう、授業マネジメント技術を超えた靜先生自身の人間的魅力にも興味津々です(靜先生だからできる、とか言いたいわけではないですよ、もちろん)。
『志水メソッドによる算数の授業づくり どの子も「わかる」「できる」授業』 【志水廣(編著),2009年,明治図書,2,835円】
サブタイトルにあるように、一人ひとりの子どもに学力を保証する算数の授業のあり方についての具体的な提案と指導事例の紹介です。表紙には赤く「愛」の文字が掲げられているのですが、まさに、個々の児童・生徒にまなざしを向けた指導であり、教育的なあたたかみの感じられる著作でした。しかし、その内容はけっして感情論や理念に走ることなく、指導法についての明確な提言がなされています。具体的には、「意味付け復唱法」と「○つけ法」。これらは、その内容を考えてみると、小学校算数に限定されるものではなく、中高の英語指導にも、わりと直接的に応用できるような印象を受けました。
『改訂英語科 新授業の実践モデル20』 【影浦攻(著),2009年,明治図書,1860円】
2008年中学校学習指導要領の改訂に合わせて、新指導要領のもとでの英語授業に求められる要素をコンパクトにまとめた解説書です。ただ、解説書といっても単に指導要領の文言の解釈を伝えるのではなく、実際の授業においてはどのような要素を盛り込んでいけばよいのかを提案する、実践書の性格も併せ持ったものです。126ページという分量に、解説と実践への提案が手際よくまとめられていますので、新指導要領対応を始めるにあたって、取っ掛かりの1冊として手ごろなのではないでしょうか。
『新しい学びを拓く 英語科授業の理論と実践』 【三浦省五・深澤清治(編著),2009年,ミネルヴァ書房,2,500円】
英語教育についての概説書です。英語教育について「何がわかっているか・どうするべきか」よりも、むしろ英語教育について「どのような研究対象があるか・これからどんなことを知らねばならないか」をわかりやすく整理するという趣が強いです。これから英語教育を専門的に学ぼうとする人に、英語教育という分野が、どのようなことを課題や対象としてみなしているかを概略つかんでもらうには最適の入門書だと思います。全体の構成を通じて「実践」への意識が一貫して感じられますので、たとえば、もともと英語教育を専門としない現職教員が専門的な理解を得ようとするときの第一歩に役立つのではないでしょうか。
『コミュニカティブクラスのすすめ コミュニケーション能力養成の新たな展望』 【大下邦幸(編著),2009年,東京書籍,2000円】
不覚にもタイトルを見て、「何をいまさら」と思ってしまった自分が恥ずかしいです。2001年刊の『コミュニカティブクラスの理論と実践』の改訂版ですので、すでに同書をお読みの方にはなじみ深い内容でしょうが、私にとってはとても新鮮で、「衝撃を受けた」といっても過言ではなかったです。本書が提唱する「コミュニカティブクラス」とは、一般的な意味での「コミュニカティブなクラス(授業)」ではなく、ある一定の明確な定義のある授業のあり方を意味します。「コミュニカティブクラス」とは何か、については、ぜひ本書にあたっていただきたいのですが、一言で表すならば、「それ自体コミュニケーションになっている授業」。単にコミュニケーション活動を取り入れるとか、student-centeredな展開を心がける、という「コミュニカティブな要素を<取り入れる>」発想ではないことがきわめて重要です。
『英語授業ハンドブック <中学校編>DVD付』 【金谷憲(編集代表)青野保・太田洋・馬場哲生・柳瀬陽介(編集),2009年,大修館書店,3,600円】
内容は、まさに、中学校での英語授業をどのように進めるとよいか、どのような指導技術が効果的かについての手引書です。本書の、その構成にも見られる特長としては、個別の指導技術の紹介に入る前に、「1レッスンを1時間で扱う授業」「文法導入を中心にした授業」「リーディングを中心にした授業」「活動を中心にした授業」のように、1時間の授業をどのように組み立てるかという全体像をまず示している点が挙げられます。「こんな授業を作りたい」というゴールを明確にしたうえで、それに必要な指導技術等の要素を考えていくという構成は授業作りのプロセスにも合っており、「情報を散らかしておしまい」にしない配慮が感じられます。その一方で、情報量の多さも本書の特長です。「まえがき」には「網羅的に指導法などを列挙するのではなく」と述べられていますが、本書が示す指導技術の幅広さは、1人の教員が使いこなすレパートリーとしては、充分に網羅的と言えるほど。時に応じてパラパラとめくり返して、「ああ、こんな活動もできるなあ」とネタを探すのにも使えます。個々の指導技術については紙幅の都合上、詳しく突っ込んでは書かれていませんが、とっかかりとして機能するだけの解説はなされていると思います。
『計算技能の確実な定着』 【板倉弘幸(編)TOSSアンバランス福島(共著),2008年,明治図書,1.848円】
『算数科で育てる新しい学力』シリーズの第1巻。タイトルどおり、小学校算数科で、計算の技能をどのように習得させるかについて、各学年での具体的な指導事例が紹介されています。TOSSの著作らしく、指導法の提案はきわめて具体的で明快。算数での計算という、簡単そうで実は複雑な手順を含む技能を、どうすれば小学生が挫折なく習得できるように導いてやれるか、という教育的挑戦は、中高英語での文法指導にも有益な示唆を与るように思いました。
『アウトプット重視の英語授業』 【伊東治己(編著),2008年,教育出版,2,400円】
タイトルはそのままズバリ、ストレートなネーミングですが、本当にその通りの内容です。発売されてすぐに購入して読み、良い本だなあと思ったのですが、少し時間を置いて読み返しても、やはり良い本だなあと思います。何が良いかといえば、読者の視点が大事にされていて、「今の自分の授業を出発点として、次に何をすれば、自分の授業が一歩進化できるのか」が、具体的に示されていることです。1年に1度、あるいは数年に1度しか行う機会のないような「完成された授業」をゴール・到達目標として設定し、「ここまでおいで」というのではなく、「あなたは今、ここにいませんか?だったら、次にはこういうことをしてみてはどうですか」と、形成的な助言が得られる内容なのです。さりげないけど、こういうのが編著者・執筆者の力量なんだろうなあ。打ち上げ花火的・イベント的な授業だけでなく、日々の授業で生徒が英語を使う場面を多く作ろうと苦心している教員には、とても魅力的な一冊でしょう。
『英語教育熱』 【金谷憲(著),2008年,研究社,1400円】
副題は「過熱心理を常識で冷ます」とあり、所収の記事に付された参考文献を見てみると、以前『現代英語教育』で連載されていた「英語教育ひとりごと−こもんせんすで考える」が元々の出発点のようです。著者が著者だけに、もう随所で紹介されており、英語教育界では話題になっているようです。英語教育界のど真ん中にいる(つもりの)者としては、「そうだよね、うん、たしかに」と思える主張が多く、スムーズに読み進められました。しかし、出版社がこの本を企画し、著者がこの本を書いた意図は、いったいどこにあったのでしょうか。政策決定サイド、英語教育関係者、それ以外の一般人、それぞれの立場にとってどういう影響があるか考えてみると、手放しでは賞賛できない気もしてきます。日本国民の英語力を、学校教育を通じて向上させるという前提での議論ならば、教員養成・研修、つまり人材育成のシステムにも踏み込んで論じて欲しかったと、英語科教員としては思いました。
『英語を教える50のポイント』 【太田洋(著),2007年,光村図書,1,900円】
ものすごく鮮やかな達人技や、大掛かりな授業の仕掛けではなく、日常の授業を効果的なものにしていくための「考えるべきポイント」が、簡潔かつ的確に示されています。私が本書の何よりもの魅力だと思ったのは、教科書をどのように活用すればよいかが具体的に示されていること。単発投げ込み的な活動ではなくて、教科書ベースの授業で継続的に実践できる活動が豊富に紹介されている点に、太田先生の良識と力量がよく表れているように感じました。教育実習生や新卒教員は必読でしょう。
『板書構成・板書の仕方』 【平松孝治郎(編著),2007年,明治図書,1,900円】
『「プロの技術」を学ぶ』シリーズの第4巻。板書をどのように活用するとよいかについての、小学校での実践事例集です。取り上げられているのは、国語・算数・理科・社会・英会話。英会話での実践例も参考になるのですが、やはり他教科の例が新鮮で刺激を受けます。小学生という、中高の教員からするとずいぶん幼く思える年齢の子どもたちを対象に、技能習得の手引きをしたり、思考内容を集団で共有させたりするためのツールとして板書をどう活用しているかを知ることで、「じゃあ、中高の英語だったらどんなことができるかな?」と考えるきっかけになりました。
『確かな学力をつける板書とノートの活用』 【細水保宏(著),2007年,明治図書,2,100円】
『「考える力」を育てる算数授業』シリーズの第2巻。小学校算数科での板書やノート指導の実践例が豊富に紹介されています。「考える力」を育てるためには、「考え方」を板書やノートに反映させなければならない、といった方針から、板書やノート作りに生徒をどんどん参加させ、クラス全体で思考を練り上げていく指導が提唱されています。授業場面の描写は具体的で、門外漢の私でも容易に想像できるように書かれています。そのようにわかりやすく書かれており、ページ数も141と薄い本書ですが、ところどころ立ち止まって英語指導への示唆を考えながら読むと、最後まで読むのに意外と時間がかかってしまいました。力量のある教員には、教科・校種を超えて学ぶところが多いと思わされました。
『すぐれた英語授業実践』 【樋口忠彦・緑川日出子・高橋一幸(編著),2007年,大修館書店,2,200円】
英語授業研究学会の実力派が結集して編集された実践的な授業事例集。特長は、まずなんといっても経験豊富・実力充分の豪華執筆陣。これはもう説明不要。しかし、それにもましてすばらしいことは、本書が「すごい人々」の単なるオムニバスではないことです。それぞれの実践事例について1時間分の授業展開が説明されるのですが、それぞれが年間計画の中にどのように位置づけられていて、どのような目標を持った授業であり、どのような配慮を持って準備された授業であるのか、そして、その実践者個人がどのような哲学を持って授業実践に当たっているのか、そういったところまでが語られています。さらに、実践者とは別の分析者がその授業を客観的に分析し、良いところは良い、改善すべきところは改善すべきとして、忌憚のないコメントが与えられているのは見事です。授業実践の報告が脱文脈化し、表層だけが一人歩きする危険性をよく知る執筆陣だからこその、たいへん意欲的な企画だと思います。
『学び合う国語』 【西川純,片桐史裕(編著),2007年,東洋館出版社,1700円】
副題は「国語をコミュニケーションの教科にするために」。「国語」を「英語」に置き換えれば、いまやどこにででも見られる陳腐な主張に聞こえますが、「国語」というところがミソ。英語教育における「コミュニケーション」志向は、それが目的なのか手段なのかの問いかけを欠くままに「なんとなく」進められているきらいがありますが、本書は、それが目的であり手段でもある、という立場を明確にしています。教師一人が奮闘してケアできる生徒の数とケアの深さを、生徒同士が「学び合う」授業を通じてなされるケアは上回る、と著者らは言います。生徒同士の「学び合い」によって学ばれるものが、本当に教師が学ばせたいものであるのか、個々の学びは深くとも、教育課程全体の目標が達成されない危険性はないのか、といった疑問は残りますが、130ページほどの薄い本ですので、「学びあい」実践の全体像を本書のみに求めるのは無理でしょう。言葉を言葉として扱うことについて長年の蓄積がある国語教育から、英語教育はコミュニケーションについて何を学ぶことができるのか。自分自身への問題提起として読んでみるとおもしろいと思います。
『要点・要約・要旨の基礎的学習で読解力を育てる』 【白石範孝(著),2006年,学事出版,900円】
優れた実践者のエッセンスが短時間で学べる、というのがウリの「学事ブックレット」国語シリーズの1冊です。実に全61ページという薄さ。手軽であることは間違いありません。「要点・要約・要旨」の指導手順が、ひじょうに簡潔・平明・具体的に示されています。英語教育でも、「概要を把握する」とか「要旨をまとめる」とか「要約する」、などといったラベルのもとに何らかの活動が行われることは多いですが、「要点とは何か?要約とは何か?要旨とは何か?」といった、そもそもの定義からつきつめて計画立てられた指導はどれほどあるでしょうか(と、私も偉そうには言えません)。英語の場合、どうしても外国語としての壁を乗り越えるところでエネルギーを消費してしまいがちですが、そもそも文章の読解において「要点(をつかむ)・要約(する)・要旨(を理解する)」とはいかなる言語技術なのか、という認識は必要だと思います。その点、やはり国語教育における蓄積にはすばらしいものがあります。「え〜?国語ぉ〜??」と、面倒くさく思われるならば、本書は安価で手軽。買っても読んでも損はしませんので、国語教育の蓄積を覗き見るには手頃なのではないでしょうか。
『書けない子をなくす作文指導のコツとネタ』 【上條晴夫(著),2006年,学事出版,2600円】
小学校における作文指導についての実践アイデア集です。高校英語の指導には、実は小学校国語の指導が、かなり良い示唆を与えてくれるように思います。内容は、ひたすら実践的。作文指導において「とにかく、何でもいいから、とりあえず書かせる」ということの大事さは改めて指摘するまでもないでしょう。ですが、そこに何らかの工夫を設けていった方が、より緻密な指導になることも事実。高校英語ばかり見ていてはなかなか気づかないだろうな、と思える視点が満載です。
『「説明力」を高める国語の授業』 【米田猛(著),2006年,明治図書,2000円】
まさにタイトルのとおり、「説明力」を高めるために、国語科においてどのような指導を行なうべきかを論じた本です。冒頭で整理される説明の種類、および効果的な説明をするためにはどのような力が要求されるのか、といった議論は、それだけでも充分に読む価値があるものですが、おもしろいのは、「説明する力」だけでなく「説明される力」についても論じられているところ。相手の説明の内容・意図をどれだけ読み取れるか、といった理解の能力にも議論が及んでいるのが興味深いです。「説明を理解する」ことから「説明を構成する」ことへのつながりが見える気がします。
『言語技術教育15 「読解力の低下」問題と国語科授業の改革』 【日本言語技術教育学会(編),2006年,明治図書,1860円】
PISA学力調査において日本人学生の「読解力」が低下したとの結果を受け、国語科教育はどのような授業を志向すべきかについての論考集。陳腐なマスコミのように「読解力が低下している!こりゃ大変だ!」と表面だけを見て大騒ぎするのではなく、PISAの求めている「読解力」とはいったい何か、それは学校国語教育においてはどのような位置づけを持つのか、現状を改善していくにはどうすればよいのか、といった論点が丁寧に考察されています。基本的には「読解力低下」は事実として受け入れ、言語技術教育の立場から授業改善の方向性を示す論考が多いですが、中には「読解力低下論は虚妄である」と断ずる立場も見られ、刺激的です。
『あえて問う 英語教育の原点とは』 【山家保先生記念論集刊行委員会(編著),2005年,開拓社,3600円】
大上段に振りかぶったタイトルですが、本書によれば、「あえて問うてみた英語教育の原点」とは、まさに副題のとおり「オーラル・アプローチと山家保先生」ということなのでしょう。出版の経緯からして多面的な議論を望むのは筋違いでしょうが、せっかくなのだから、オーラル・アプローチが抱えていた時代的制約に対する反省と、現代的視点からの再検証くらいはあってもよかったのではないかと思います。また、実践的な面では、内容理解がどのように成立するのかは、最後までよく理解できませんでした。「変形文法」のご都合主義的解釈も、気になるところ。ただ、そういった点を差し引いても、本書に学ぶところはひじょうに大きかったです。ある世代以下の英語教員にとって、オーラル・アプローチは決して自明の前提ではありません。「コミュニケーション」や「自己表現」の、微妙な舵取りを迫られる複雑な世界に飛び込む前に、本書のような鉄壁の方法論を知っておくことは、英語教員の基礎体力として必要なことだと感じました。そのストイックさは、忘れられざる英語教育界の共有財産として守り伝えるべきだと思います。概説書においてバランスの良い記述で描かれるオーラル・アプローチ像からは決して見えてこない、「本物のオーラル・アプローチ」を垣間見ることのできる、希少な文献であり、その現代的意義は大きいと思います。
『英語個別化授業のすすめ』 【小林泰義(著),2005年,明治図書,2,360円】
「個別化授業」とは、その名の通り、一斉授業ではなく、個々の生徒がそれぞれの学習課題に、それぞれのペースで取り組んでいく授業のことです。もちろん、生徒に丸投げの「自習」ではなく、個々の生徒が自分に合った課題をこなしていくことができるように、教員がきちんとサポートするものです。そういった「個別化授業」を進めるにはどうしたらよいかという、具体的な提案や助言をまとめたのが本書です。一斉授業に慣れていると「個別化!?」と思いますが、最初から完全に「個別化授業」をするのではなく、段階的に取り入れていくものなので、最初の印象ほどには突飛なものではないと思いました。ただ、本書が「個別化学習」で想定している学習課題は、当然のことながら、学習者がひとりで学習できるものです。しかし、学習指導要領上はインタラクティブな技能の育成が求められており、その辺りとの折り合いをどう付けるかというのが、読んだ側に課された課題かと思いました。
『国語教室のマッピング』 【塚田泰彦(編著),2005年,教育出版,2500円】
「意味マップ」(英語科では "semantic mapping" として知られる)という手法を国語科の授業において活用する方法について、理論・実践の両面から考察しています。ふつう英語科では、まとまった文章を書く際のブレイン・ストーミングの手法として用いられることが多いと思いますが、本書では読解指導において学習者の理解・認識を深めるという観点からの考察が見られるのが興味深いです。副題に「個人と共同の学びを支援する」とあるように、読解学習を学習集団で共有させていく取っ掛かりとして、ひとつのヒントが得られるかもしれません。
『前置詞がわかれば英語がわかる』 【刀祢雅彦(著),2005年,ジャパンタイムズ,1400円】
「前置詞本」といえば、やれ「コア・ミーニング」だ、やれ「イメージ」だ、というのが定番で、実は私自身はけっこう食傷気味でした。そんな中にあって、本書は、前置詞を用いた構文を、SVOC文型のある種の拡張として捉えることで、センテンス文法をかなりすっきりと理解することができるのではないか、と提案します。もちろん個々の前置詞の中核的意味やそこからのメタファーという話も出てはくるのですが、それがきちんとシンタクスを作る原理として考察されているのが面白いところ。Quirk
et al. 流の7文型におけるA(Adverbial)を、統一的な原理の中に位置づけたともいえるかもしれません。反例も探せば出てくるでしょうし、まだ理論としては整備の余地があるのでしょうが、著者が意図する便宜的なレベルで言えば、「ハートで感じる」よりも、よほど確実な「マインドで理解する」英文法になっていると思います。
『国語教師の力量を高める』 【井上尚美(著),2005年,明治図書,2300円】
副題が「発問・評価・文章分析の基礎」。英語授業においても、「発問」はごく当たり前に用いられる指導技術であり、それを生み出すために教員は「文章分析」を必ず行なうわけですが、その具体的な手法については、最近は意外と話題にされていないように思われます。英語授業が「活動」主体になっていくにつれて、いわゆる教材研究の手法としてのそういった側面が、英語教育論の表舞台から姿を消しているように感じられるのですが、教師主導の授業であろうが学習者主体の授業であろうが、それを支えるのは、やはり教員の教材研究力だと思うのです。にもかかわらず、教材研究の具体的な方法論が、特に若い世代の英語教員に伝えられていないのではないかということを、私は(生意気にも)危惧しています。そういった意味で、国語教育における手法は、私から見ればかなり整備されたものであり、英語教員として得るところがひじょうに大きいものです。本書はそういった、教材研究の方法論を理論的かつ具体的に学ぶことができる、ひじょうに良質の文献だと思います。
『大森修 国語教育著作集 第3巻 作文指導の秘訣』 【大森修(著),2005年,明治図書,2960円】
高校生に英作文を重点課題として指導しているので、そのための勉強のつもりで読んだものです。内容は小学校国語における作文指導の方法論。小学校・国語というと二重に高校英語とはかけ離れたもののようにも思えるのですが、ところがどっこい、緻密に組み立てられたその方法論は、高校での英作文指導にも充分すぎるほど示唆を与えるものだと感じました。「型の指導」「自我関与」といったキーコンセプトは、私自身の問題意識とも重なるところが大きく、ひじょうに納得しながら読みました。自分なりに考えてやってきた指導法が小学校でも実践されていることを知って、ちょっとほっとしてみたり、しかしそこにとどまらない小学校での実践を知って驚嘆したり。英語教育における小手先のワザに行き詰まりを覚えるならば、他教科における原理を知ると、また得るものが大きいかもしれません。
『大森修 国語教育著作集 第6巻 苦闘・国語科授業の発問づくり』 【大森修(著),2005年,明治図書,2460円】
教育実習生が発問を作るのに苦労しているのを見て、「なぜ実習生は発問づくりに苦労するのだろう」、また翻って「自分はどういう観点で発問を作っているのだろう」と考えてみた時に、うまく言語化して整理することができませんでした。それで、何かスッキリとした切り口がないものか、と思い手にとってみたものです。小学生に自力で文章を分析する術を身につけさせるためには、生徒(児童)の思考を活性化させることが必須ですが、そのような思考を活性化させるにはどのような発問がよいのか、そして、そういった発問は教材をどのように分析することで生まれてくるのか、という原理が論じられています。教材研究のための基礎教養として、英語教員が読んでまったく不都合のない文献だと思います。
『小学校国語 読解力を高める』 【全国国語授業研究会(著),2005年,東洋館出版社,1700円】
文章教材を扱う際に教材をどのように分析すればよいか、という点について、具体的な示唆がふんだんに得られる一冊です。副題に「授業者からの提案」とあるように、全国の小学校における具体的な実践事例を紹介しながら、小学校国語の指導はどうあるべきかについての提案がなされています。国語教育、つまり言語の教育はどうあるべきかという原理に関する考察に始まり、「読解力」とは一体何か、「読解力」を高めるにはどのような学習が必要か、といった議論が続き、さらに具体的に、文学的文章はどのように指導すべきか、説明的文章はどのように指導すべきか、という論考が重ねられていきます。特に教材研究という観点から見た場合、小学校国語と比較して、自分の中学・高校英語における教材研究が、いかに薄っぺらなものであったかということを、いやになるほど感じさせられました(この点は、上の3冊に関しても同様です)。教材研究の方法論を知るには格好の書であると思います。
『英語教育はなぜ間違うのか』 【山田雄一郎(著),2005年,ちくま新書,720円】
「モノリンガルよりバイリンガルの方が良い」「英語学習は早く始めた方が良い」「英語力は国際人の資質」など、世俗的な英語教育論議についてまわる「なんとなく」の「思い込み」に対して、「ちょっと待って。よく考えて。」というメッセージを投げかける書物です。俗っぽい英語教育論に違和感を感じつつも、何がおかしいのかがうまく説明できなかった私にとっては、たいへん示唆に富む論考でした。特に終章における「英語は教えることができるのか」という問い、そして「教室の言語」と「生活の言語」の峻別という論点は、「上手に教えられれば生徒は英語が使えるようになる」という教員の漠然とした思い込みを、今一度考え直すきっかけを与えてくれるものです。
『教科書を100%活かす英語授業の組み立て方』 【瀧沢広人(著),2005年,明治図書,1660円】
「ビギナー教師の英語授業づくり入門」第一弾。タイトルから私が期待したのは「教科書を隅から隅まで徹底して使いまわす方法」でしたが、本書の意図はむしろその逆で、「教科書学習では、単語と音読と内容理解をやればよい」という発想に立ち、教科書を活用する術を紹介するものです。私の勝手な期待は裏切られましたが、考えてみれば「教科書はこってりと使いまわさなければならない」などというよりは、「教科書では最低限これだけ、ただし徹底してやる」という発想の方が、授業を作る目標が明確になってよいと思います。ましてや「ビギナー教師」にとってはなおのことで、応用・発展的な活動を取り入れる余裕がないうちは、こういった「核」だけはしっかり押さえるやり方のほうがメリットが大きいように思います。
『リズムとテンポをつくり出す英語授業スキル』 【瀧沢広人(著),2005年,明治図書,1860円】
「ビギナー教師の英語授業づくり入門」第二弾。「教科書を100%〜」が、学力保障のために最低限押さえなければならない授業の「骨格」だとすれば、その骨格に変化を与えて授業を楽しくするバリエーションのつけ方を紹介するのが本書だと言えるでしょう。しかし、やはりそこに何らかの原理が通底していることは十分に意識しておきたいところです。体裁としては「ネタ集」の形をとってはいますが、「生徒を積極的に巻き込むこと」「生徒にとって少しchallenging
な要求をすること」など、成功する英語授業の原理(と思われるもの)が見え隠れします。そういった視点から読むと、より一層得るものが大きいのではないでしょうか。
『中学3年間 英語カリキュラムづくりのヒント』 【瀧沢広人(著),2005年,明治図書,2300円】
「ビギナー教師の英語授業づくり入門」第三弾。同シリーズの第一弾・第二弾とは、若干趣を異にする著作です。前二作が具体性を重んじ、陳腐な表現をすれば「明日から使える指導技術」を前面に押し出す印象があったのに対し、本書はもう少し長期的な視野で英語授業を捉えることを重視しています。もちろん具体的な活動事例を豊富に織り交ぜながらではありますが、主たる論点は「カリキュラムづくり」、つまり、「年間を通じて生徒にどのような力をつけたいか、あるいはどのような力がついていなければならないか」そして「その力をつけるためには、何をすればよいのか」ということです。中学英語における「基礎・基本」を明確に意識し、中長期的な視野を得ようとするうえで有益なヒントが得られる本です。
『教室で読む英語100万語 多読授業のすすめ』 【酒井邦秀・神田みなみ(編著),2005年,大修館書店,1500円】
ここしばらく脚光を浴びている多読指導を教室環境で実施するためにどのような準備や配慮が必要であるかがわかりやすく紹介されています。「100万語」といううたい文句からもわかるように量にこだわる姿勢が強いのですが、どんな学習者も挫折することなく多読学習法に取り組むことができるように導くための留意点が丁寧に解説されていて、多読指導を取り入れようと考える指導者には手軽な入門書になっていると思います。また、多読指導をする環境にない人でも、教室での英語指導に対する新しい視点を得るきっかけになるかもしれません。
『この言語技術が文章表現力を高める』 【樋口英機・椿原正和(著),2004年,明治図書,1760円】
小学校の国語教育において、文章表現をより豊かにするために効果的な言語技術について、具体的な授業場面を示しながら紹介します。英語教育では「パラグラフ・ライティング」のような、文章の全体的な構成が論じられることが多いように思いますが、もう少しミクロなレベルで文章表現力を高める本書のような方法論も、忘れてはならないことだと思います。文章を文章として捉える本書のようなやり方を知っていると、英語授業の幅が広がるのではないでしょうか。(要するに、教員自身が文章を書き慣れていて、その技術を意識化できていれば、それが指導にも活きてくる、ということかもしれません。)
『言語技術教育13 二十一世紀に求められる言語技術とは何か』 【日本言語技術教育学会(編),2004年,明治図書,1760円】
本書に収録されている宇佐美寛氏の論考に述べられているとおり、標題の「21世紀」にどれほどの意味があるのかという点には疑問を感じますが、国語科教育における言語技術教育の立場が、生徒にどのような力をつける必要があると考えているかを概観するには良い本だと思います。英語科でも現行(平成10,11年版)の学習指導要領および目標準拠評価の原則は
skill-oriented なものですから、英語科においてどのような力を育てるべきかについて、ひじょうに有益な示唆が得られると思います。言葉を言葉として丁寧に扱うことについては、やはり国語科に一日の長があると思わされました。
『授業の知的展開(1)』 【松藤司(著),2004年,明治図書,1760円】
「松藤司・知的授業づくりの提案」シリーズの第2巻。タイトルどおり、国語科授業を知的にしていくための提案がなされていますが、私が最も注目したいのは、第2章第2項において示されている、「大造じいさんとがん」の一単元で作った1000個の発問です。「見開き2ページで発問100に挑戦」と題され、実際に著者が作った発問が全て掲載されているのが実に圧巻。もちろん、全ての発問が素晴らしいというわけではないでしょうが、玉石混淆ならぬ「石石混淆」を覚悟の上で、とにかく数にこだわって発問を作ることの重要性がよくわかります。英語科においても、この姿勢は見習うべきでしょう。
『英語コミュニケーションの基礎を作る音読指導』 【土屋澄男(著),2004年,研究社,2200円】
理論的かつ実践的。きわめて正統派の良質な英語教育書です。内容はまさにタイトルが示すとおりです。音読をコミュニケーション能力の基礎を作るための活動と位置づけたうえで、英語音声の何を指導すべきか、また音読をその後コミュニケーション活動へとつなげるためにはどのような指導をすべきか、について体系的・具体的に述べられています。授業の単なるルーティンと化してしまったような音読活動に物足りなさを感じていたり、音声技能の指導を「分厚く」行いたい教員は必読の一書。
『英語の学力向上策』 【大北修一(編著),2004年,明治図書,1860円】
「現場の知恵」がまったく惜しげなく包み隠さず公開されている、きわめて高度に実践的な実践事例集です。事例集といっても、単に表面的な活動が真似できる、という程度のものではありません。もちろん個々の事例自体も興味深いものですが、それ以上に、教室という場で中学生を指導するという文脈において指導を成功させるための小さな技、しかし実は本質的な「指導理論」がそこここに見え隠れします。まったく誇張でなく「高度に教育的」。表面的な活動を底から支える著者たちの原理原則をつかみとろうという意識で読めば、いくらでも学ぶべきことが見えてくると思います。
『国語の基礎学力を育てる』 【鶴田清司(著),2003年,明治図書,2400円】
副題は「学力保障・言語技術・絶対評価」。国語科授業においては、文章の思想内容を読み取るだけでなく、「読み方」や「聞き方」といった「かた」の指導、すなわち方法知としての言語技術の指導が必要であるという基本スタンスにおいて、どのようなことを指導内容および評価規準として設定すべきかが論じられています。英語科の視点から見て興味深いのは、ところどころで列挙されている言語技術のリスト。どのような視点で教材を分析すべきなのかが明確にわかります。教材研究をどのように進めるべきかについて、たいへん示唆的だと思います。
『中学英語の授業開き』 【田上善浩(編著),2003年,明治図書,1900円】
副題は「1年間が決まる『黄金の3日間』のシナリオ」。教師も生徒も緊張感が漂う年度当初の授業開きをどのようにデザインすれば、1年間にわたる長丁場で授業を効果的に展開していくことができるのか。この点について「これだけは年度初めにやっておかなければ」という事柄に焦点を絞って、具体的な活動や指導の実際が紹介されます。基本的に「TOSS」という団体の枠組みで話が展開されているので、この団体について予備知識がないと読んでいて取り残された印象を受ける部分もあります。しかし、そのような不備を補って余りあるほど、年度の最初期にこれほどに気を使わなければならないということがよく伝わってきて、自分の授業を振り返る良いきっかけを与えてくれる本だと思います。
『“英語で会話”を楽しむ中学生』 【太田洋・柳井智彦(著),2003年,明治図書,1760円】
「英語でおしゃべり」ができるようにするために2人の著者がそれぞれ中学校と大学で行った実践の紹介です。難しい論題でディベートをすることも大切だけれども、何気ない話題で「おしゃべり」を継続することができるのも大切な実践的コミュニケーション能力のうち、という考え方から、日常の授業の中でどのように「英語で会話」の活動を取り入れるかの具体例が示されています。特別目覚しい手法が導入されているわけではないので、副題の「KCGメソッド」に何かマジック的なものを期待した読者は拍子抜けすることでしょう。しかし、英語で会話が続くようにするには、そのような指導を日頃から地道に積み重ねていかなければならない(逆に言えば、そうしていれば英語で会話が続くようになる)という当たり前のことを再確認させてくれる実践例です。もちろん、細かい部分での配慮や仕掛けについてはさすがによく考えられており、本書で丁寧に紹介されているのでたいへん勉強になります。
『英語教師のための「わかる、できる」授業からの出発』 【此枝洋子(著),2003年,燃焼社,1900円】
短大において、決して英語が得意とはいえない学生たちを対象に、いかに「わかる、できる」授業を組み立て、学生たちに達成感と自信を与えたかという実践事例が紹介されています。授業場面だけでなく自主学習の取り組みや学生との約束事といった学習環境の作り方までが包括的に述べられており、具体的かつストーリー的です。この本の特に優れている点は、著者が実践上の試行錯誤を隠さずに、「この点は失敗でした」と正直に述べている点です。指導技術についてはGDMが中心にあるようですが、現場で失敗を経ながら授業を作っていくさまがよくわかるので、特に短大・GDMという要素を抜きにしても学ぶところが多いのではないでしょうか。
『日本語を活かした英語授業のすすめ』 【吉田研作・柳瀬和明(著),2003年,大修館書店,1700円】
大きく2部に分かれていて、第1部は英語授業において日本語を活用することを理論的にバックアップする内容。第2部では英語授業、特に英作文の指導において日本語を活用する具体的な方策が提案されています。率直に言って第1部はこじつけの感がしないでもなく、あまり魅力のある論考ではありません。しかし第2部の提案はひじょうに具体的、実践的かつ体系的であり、すぐにでも実践に取り入れることができそうです。発想としては「中間日本語」の考え方に近く、より洗練で体系化されているのが特徴だと思います。
『言語技術教育11 到達度・絶対評価の基準としての言語技術』 【日本言語技術教育学会(編),2002年,明治図書,1860円】
現行の「絶対評価」の枠組みの中で、言語技術を規準・基準に据えることの意義が、さまざまな方面から論じられます。本書で扱われるのは、原則として国語教育における実践です。しかし、国立教育政策研究所による資料などの抽象度の高さを、どう補うとよいのかを考えるうえでは、英語教育の視点から読んでも、充分に勉強になります。なお、本書の特集は、この次号『言語技術教育12 「絶対評価」で問われる基礎学力と結果責任』へとリンクしていきます。こちらは国語教育に固有の議論が多いのですが、併せて読んでみてもよいのではないでしょうか。
『英語授業改善のための処方箋−マクロに考えミクロに対処する』 【金谷憲(著),2002年,大修館書店,1800円】
いまや日本英語教育界の「顔」であり「ご意見番」である著者による高校英語教育改革論。さすがにバランスの取れた視点からシンプルかつ的確な提言がなされており、高校英語教員必読の一冊だと思いました。「ミクロ」の部分にあたる個々の指導技術もさることながら、「ミクロ」を論じる端々に見え隠れする「マクロ」の哲学も、現場にとってひじょうに大切な部分でしょう。なお、本書では教員の「個人プレイ」を前提として「教師教育」の重要性が論じられていますが、それと同じか、あるいはそれ以上に「英語科組織」「教員集団」といった視点からの提言が欲しかったと個人的には思いました。ビジョンのない組織に個人が潰されていては、改革は望めないからです。
『英文読解のプロセスと指導』 【津田塾大学言語文化研究所読解研究グループ(編),2002年,大修館書店,2600円】
英語リーディングの認知的プロセスについて、認知心理学の見地から様々な角度でその性質を明らかにしようとする概説書。「英語を読む」とはどういうことかについて、客観的・科学的に理解しようとするにはとっつきやすいと思います。ただし、タイトルには「指導」とありますが、教育的な提案は乏しく、本当にこのようなアプローチで英語リーディング「指導」への貢献をしていると著者たちが信じているなら、あまりにナイーブと言わざるを得ないかな、と思います。端的に言って本書は英語教育の本というよりは、認知心理学の中の読解研究(「読解指導研究」ではない)の入門書と呼ぶ方が適切ではないでしょうか。
『英文読解のプロセスの指導』 【田鍋薫(著),2000年,渓水社,2500円】
副題は「談話の結束性と読解」。著者は大学の研究者で、予備校講師などが書く参考書のように具体的な読解テクニックが披露されているわけではありませんが、そのぶん教材を談話レベルでどのように分析すればよいかについて「実直」とも評すべき記述で論じていて格調の高い本です。本書だけを読んでパラグラフ・リーディングや談話レベルの指導を行なうのは難しいでしょうが、予備校的な実践書と合わせて読むことで、理論的な背景をしっかりと身につけることができるのではないでしょうか。
『辞書という本を「読む」技術』 【木村哲也(著),2001年,研究社出版,1400円】
物語には物語の、論説には論説の読み方というものがあるわけですが、辞書も一種の本であると捉えた場合、辞書にも辞書なりの読み方・読む技術というものがある、という立場から、英語辞書をどのように活用すれば英語力アップにつながるのか、ということが、ひじょうにわかりやすく示されています。具体的な解説が多く、「辞書ってこんなふうに活用できるんだ」ということがよくわかります。英語が得意なつもりの大学生にはとても読み応えがあると思いますし、英語教員としては辞書指導の観点を広げることができるだろうと思います。
『アメリカンスクールの英語学習はここが違う』【瀧沢広人(著),2001年,明治図書,2200円】
タイトル通り、アメリカン・スクールでのESLの指導法から、日本でのEFL指導に役立つ指導技術や発想を紹介する英語教育実践書。英語指導に対する、ネイティブ・スピーカーならではの発想を随所に垣間見ることができ、ひじょうに興味深いです。たとえば、日本では「最初に肯定文あり」の発想で、それを「変形」させて否定文・疑問文へとつないでいきますが、本書の紹介するアメリカン・スクールでは、「最初に疑問文あり」の発想で指導がなされているようです。コミュニケーションの場面を考えてみれば、それも当然のような気がします。日本式の英語授業しか知らないと、とてもできそうにない発想に触れることができます。「ESLは状況が違うのだから・・・」と切り捨ててしまわず、もうすこしネイティブ・スピーカーの英語指導に学んでみてもよいのかもしれません。
『英語指導のスキル』【浅川和也・植松茂男(編著),2001年,日本書籍,1300円】
英語圏の大学院でTESOLやTEFL等の英語教授法コースで学び、日本の中・高で英語教育に従事する現職教員たちによる、授業実践アイデア集。というのが本書の「売り」のようですが、率直な感想として、「英語圏でTESOLやTEFLを学んだ」というのはあまり本書の内容とは関係がないように感じられました。単なる権威づけの域を出ていないような。しかし、実践上のアイデアという意味では、試してみたいと思う技術が紹介されており、現場を持つ者にとって有用な一冊だと思いました。著者が、おそらく何気なく書いているであろう一言に、まさに「現場の知恵」を感じさせられる部分もあり、そういった観点からも興味深いのではないでしょうか。
『リフレクティブ・アプローチによる英語教師の養成』【八田玄二(著),2000年,金星堂,2500円】
良質の書であると学界でも認められた一冊。英語教員が英語の教員であるまえにただの一学校教員として克服せねばならない問題を抱えている、ということを記述し、分析してみせたことは英語教育界において画期的なことであると思われます。私も、その意味において本書はまったく快著であると思っています。しかし、それだけ良質な文献であるがゆえに、あえて辛いことを言わせてもらえば、この本が言っているのは、結局「ベテラン教員の促成栽培はできない」ということに等しいのではないかと感じています。それがこの職業の本質であるならば、それはそれで受け入れねばならないのですが、だとすると、やや期待を持たせすぎの感は否めないように思います。
『アクション・リサーチのすすめ』【佐野正之(編著),2000年,大修館書店,1800円】
ここのところ盛りあがりを見せるアクション・リサーチについて、日本で初めて(?)出版された記念すべき入門書。アクション・リサーチの歴史的背景などをさらっと概観したあとで、実際のリサーチの具体例が紹介されている。理論的に学ぶための本というよりは、「おっほっほっほっほー。まあまあ、理論的にはいろいろありますが、そんなに難しいもんじゃないんだから、みなさんもアクション・リサーチに取り組んでみてはいかがですかねー、おっほっほっほっほー」という感じ。
『向山型・説明文の授業』 【向山洋一(監修),岡田健治・小林幸雄(編),向山洋一教育実践原理原則研究会(著),1999年,明治図書,2260円】
タイトルが全てを物語っています。向山洋一氏の提案する説明文の授業のあり方について、具体的な実践事例を豊富に紹介することで、その方法論が示されます。本書が提示する原理原則はたったの2つ。それが各章でしつこく繰り返して述べられるスタイルは、はっきり言って
redundant とすら表現したくなるほど。しかし、それだけしつこく原理原則が示されるゆえに、読者としては方向性を見失わずにすむでしょう。小学校国語に出発する「向山型」が中高英語科にとってどこまで妥当性を持つものかは何とも判断しかねるところですが、少なくとも英語科における説明文の扱い方に悩む教員にとっては、1つの指針を得ることができるでしょう。
『英語授業の大技・小技』【靜哲人(著),1999年,研究社出版,2000円】
おもしろい!の一言です。「たいていの人は<大技>で止めとくのに、あの人(著者)はホントに<小技>まで書くもんねー(笑)」とは、さるお方の弁。「多少生徒が苦しもうが何しようが、何がなんでも英語の力をつけてやる!」という筋の通った姿勢が、紹介されている種々のアイデアからびしびし感じられます。最近の英語授業論に物足りなさを感じる人は必読。
『言語技術教育6 論理的思考力を鍛える作文技術』 【日本言語技術教育学会(編),1997年,明治図書,1900円】
「論理的思考力を鍛える」というのは、より正確に言うと、「作文に関わる言語技術を指導することで論理的思考力を鍛え、逆に、論理的な思考を適切に表現するための作文技術も指導する」ということではないかと思います。ということで、抽象的な「論理的思考力」の鍛え方というよりも、「文章を論理的にする言語技術」が具体的に論じられています。これが、たいへん面白い。具体的な授業場面も、その背後にある原理の部分も、「書くこと」の指導をする上で何が必要なのか、について、ひじょうに大きな示唆を得ることができました。また、論者の立場がさまざまに異なっていて、本書の中で相互に意見交換がなされているというのは、このシリーズの特長ですが、本書ではその点が特に効果的に活かされていると思いました。
『新しいリーディング指導』【サンドラ・シルバスタイン(著)萬戸克憲(訳),1997年,大修館書店(刊),1700円】
サブタイトルに「自立した読み手を育てる」とあります。具体的な指導法というよりは、いろいろな種類のテクストに対して、それぞれどのような読み方をするか、という大枠を示しています。いわゆる「コミュニカティブ・リーディング」の範疇に属するもの(だと思う)で、わりと理想論を述べている印象です。理想論だけに、明日の授業にすぐ役立つ!というわけではないけれども、そのぶん、リーディングに対する新たな視点が開かれるように思います。
『第2言語習得研究』【山岡俊比古(著),1997年,桐原ユニ,2800円】
SLA研究を概観するのには絶好の書。従来の研究成果の蓄積をまとめるだけでなく、一歩踏み込んで著者自身の主張も展開している。あまり基礎知識がない状態だと、個々の研究事例がちょっと理解できないかもしれませんが、議論の大枠は把握できると思います。英語教員としては第6章「形式教授の効果」などが気になるところか?
『予備校の英語』【伊藤和夫(著),1997年,研究社出版,2300円】
元駿台予備校の人気講師であった著者の、「大人向け」英語教育論。「予備校での英語指導法」といったものを臭わせているタイトルがちょっと不満。はっきり言って時代が一つ二つ前の人なので、少々時代遅れのことを言っているように感じる部分もあるが、案外「自明の前提」として考えられている部分への問いなおしにもなるのではないでしょうか。
『言語技術教育5 説明的文章を使ってどんな言語技術を身につけさせるか』 【日本言語技術教育学会(編),1996年,明治図書,1650円】
まさにタイトルどおりの内容です。英語教育においては、特に大学入試レベルの「読むこと」において、パラグラフ・リーディングの名のもとに、説明的文章を読む技術が指導されることが多いかと思います。本書で論じられる言語技術は、それよりもひとつ抽象度の高い、やや原理的なレベルに近いものですが、それゆえにこそ英語教師には益するところが大きいように思います。つまり、英語の文章において、どのような言語要素に着目すれば説明的文章を効果的に読むことができる(と想定されている)のかを、英語教師は知っています。そして、「なぜ、そのような言語要素に着目することが良いのか」という原理を知れば、既に手中にある具体的な指導法を理論的によく理解することができ、より深く、確実な指導ができるであろうからです。なお、説明的文章の「読み」は、説明的文章の「書き」にも直結する部分が少なくありません。その意味では、この次の巻『〜論理的思考力を鍛える作文技術』と内容が連続するものであり、併読すると、よりおもしろいのではないでしょうか。
『言語技術教育としての文学教材の指導』 【鶴田清司(著),1996年,明治図書,1709円】
「国語科授業改革双書」の第1巻。英語科における文学教材の扱いとしては、文法・語法とストーリーの把握、そして、登場人物の心情の読み取りとそれに基づく作文、といったところがせいぜい、ということが多いでしょう。しかし、単に文学的文章の「思想内容」を読み取るにとどまらず、「文学的文章の読み方」を指導するためには、そこでどのような言語技術が必要とされるかをよく吟味しなければなりません。本書はそういった問いに対する答えを明確に与えてくれるものです。物語とはどのような構成を持っているか、クライマックスの判定基準は、など、原理的かつ具体的な論考がなされており、英語科授業において「もう一味ほしい」というときに、どのようなスパイスを効かせることができるか、について示唆が与えられます。
『わざ−光る授業への道案内』 【今村和宏(著),1996年,アルク,2200円】
日本語教師向けの実践書シリーズ中の1冊。語学教師として「名人」の域に達するための「わざ」についての考察です。といっても「こんな道具を使って、こんな演技を交えて、こんな展開で・・・」といった表面的な「テクニック紹介」や「マニュアル伝授」の類ではありません。「わざ」を見つつ、「わざ」を真に有効なものにするには、教師の「深み」がなければならない、という思いにさせられます。直接法による日本語教育、特に初級指導の話がメインですので、一見すると高校英語教育からは縁遠く感じられますが、重なる部分も、実はかなり多いと思いました。
『個性・創造性を引き出す英語授業』 【樋口忠彦(編著),1995年,研究社出版,2800円】
主に中学での英語授業活動実例集です。受け身的な学習に終始することなく、生徒がより積極的に英語を使って自己表現することができるように、という思いで工夫された実践が多数紹介されています。生徒について楽観的な希望的観測が前提とされている部分が多く、私自身の経験と比較すると疑問を感じざるをえませんでしたが、とにかく授業で実際に成功したという事実は確かなものだと思います。残念だったのは、こういった書籍・ビデオ類にありがちなことですが、「結果だけ見せる」といった編集です。これらの実践を成功に導くまでには、日常の授業やこれらの活動中にかなり細かな配慮や指導技術が使われているはずなのですが、それが全く見えないので、追実践を妨げることになるのではないかと思いました。
『異文化理解のストラテジー』 【佐野正之・水落一朗・鈴木龍一(著),1995年,大修館書店,2500円】
「何をいまさら」の定番文献です。が、「文化」にまるで興味の持てなかった私にとっては、購入以来実に5年も「放っ読(ほっとく)」でした(苦笑)。ALT中間期研修会で勤務先のALTにむりやり引っ張られて発表せざるを得ないに至って初めて目を通したのですが、前半部の理論的な整理が、思考をまとめるのに役立ちました。後半の個別のトピックは資料的に用いるとよいでしょうか。
『現代英語教授法総覧』【田崎清忠(編),1995年,大修館書店,3700円】
この本は、実用目的というよりは英語科教員の「教養」という感じで読むとよいのではないかと思います。今までに提唱されてきた第2言語の教授法が28種類紹介されています。日本の学校という状況を考えると苦笑するしかないような教授法もありますが、それぞれがどのような背景から提唱され、利点と欠点は何なのか、を概観しておくことは悪くないと思います。
『「不思議の国のアリス」を英語で読む』【別宮貞徳(著),1993年,PHP,460円】
文庫本なので、早々と絶版になっているかもしれませんが…。翻訳家である著者が「アリス」の原文をところどころひろいながら解説してくれる。単語1つの意味から華麗な翻訳テクニックまで、著者の英語の知識・技能が存分に披露されています。翻訳するための、深く正確な英文の読み方が、具体例を通じてよくわかります。英語教員なら和訳ぐらいは簡単にできる…ことはないということを痛感!
『国語科教材分析の観点と方法』 【大内善一(著),1990年,明治図書,2320円】
まさに標題どおりの内容です。国語科教材を一文章(作品)として「解釈」することに留まるのではなく、それを具体的な授業へとつなげていくための、指導者が共有できる「分析」の観点と手法を明確にし、整理しています。「叙事」「説明」といった「表現方法」や、「比喩法」「対比法」といった「表現技法」などのミクロな観点から、「文章構造」、「発想・着想」というマクロな観点へと章立てがなされており、教材を分析するとはどのようなことかが、ひじょうに明快に示されます。英語科教育では、文内の諸要素を分析・整理することについては長年の蓄積があり、体系だった知識が共有されていますが、文を超えたレベルで言葉をどのように分析していけばよいかについては、国語科教育に学ぶところは多いように思います。「使える教材」をいろいろと仕入れるのが「量的拡大」だとすれば、1つの教材からどれだけ多くの指導事項を引き出すことができるか、というのは「質的深化」とでも言えるでしょう。本書は後者に役立つものだと思います。
『力をつける説明文の解読法』 【横山験也(著),1990年,明治図書,1030円】
「読解法」ではなく「解読法」というところがミソ。国語科において説明文を扱う際に、生徒が文章を分析するためのツールを共有できるように、統一的なものさしを開発する、というのが主旨。個人的に興味深く感じたのは要約文の作成法。「要約」の定義が恣意的であるのが気にはなりましたが、英語科で生徒に「要約させる」と言うとき、これほどまでに明確な手順を提示しているだろうか、という点ではおおいに反省させられました。なお、全体的に読者を小ばかにしたような語り口なのがどうしても好きになれませんでした。著者の「若気の至り」というところかもしれませんが。
『英語授業の上達法』【柳井智彦(著),1990年,明治図書,780円】
タイトルそのまんま、の内容です。生徒が活性化する発問や活動・教材を、とにかく具体的な事例に基づいて紹介しています。この本を読んだ後では、きっといつもの教材を捉える視点が変わっていることだと思います。ただ、紹介されている技術を教室で用いて成功させるためには、それ相応の準備と教室運営が必要だろうと思いますので、すぐにはうまくいかないかも(←オレだけか?)
『新しい発想による英語発音指導』【今井邦彦(著),1989年,大修館書店,1500円】
発音の「指導」というよりは、「音声学入門」といった感じ。たまたま自分が音声方面に弱いだけでしょうが、英語の音声について理解するのに役立ちました。1度読んだだけではアタマに入りきらないぐらいの情報量があるように思います(とゆーか、自分が未だに理解していないだけ)。第4章「文のアクセント」は、なかなか刺激的です。
『英語リーディング指導の基礎』【高梨庸雄・高橋正夫(著),1987年,研究社出版,3000円】
英語リーディング指導についての古典。学生時代にはかじり読みしかしていなかったのですが、現場でリーディング指導について悩むに到って初めて読むことに。いかにも1980年代、といった風情の専門書で、実験的研究からのデータを豊富に示しながら、リーディング指導を構想するにあたって留意すべき基礎的事項を整理してくれています。授業改善に直結する内容ではありませんが、かといって実践に関わりを持たない理論的放言(?)に堕しているわけでは決してなく、まさに指導者としての「基礎」を知るに適した内容になっていると思います。個人的には7・9・10章を興味深く読みました。
『英語授業182場面集』【隈部直光(著),1987年,中教出版,1600円】
英語授業の具体的な場面を取り上げて、それを「辛口診断」する。脚色があるとはいえ、もともとはどこかの教員が実際に行った授業を取り上げているので説得力がある。日々の授業で案外無意識的に行っている活動や指示について考え直すきっかけになるかも。熱意さえあればいいってもんじゃない、ということがよくわかる本です。
『心理言語学と英語教育』【羽鳥博愛(著),1982年,大修館書店,1200円】
ちょっと古いので、現在の知見からは少しおかしく思えるところもあるかもしれませんが、基本的な良さには変わりがないと思います。英語指導上の問題を心理言語学の立場から捉え、その是非を問う内容。心理学の知見が直接的に英語教育の改善に貢献するかといえば難しいところでしょうが、英語教員の一つの基礎知識ではあると思います。
『日本の英語教育史』【高梨健吉・大村喜吉(著),1975年,大修館書店,1600円】
大学院入試の時に読んだ本。これを読むと、明治や大正の頃から同じような議論が繰り返されてきたんだなー、ということが実感できます。英語教育が発展していないと取るべきか、それとも英語教育が本質的に孕む問題なのか。資料が豊富に紹介されているので、読み物として面白いです。
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