<その他>


『宗教を生み出す本能』 【ニコラス・ウェイド(著)依田卓巳(訳),2011年,NTT出版,2,800円】

副題は「進化論からみたヒトと信仰」。歴史上、宗教が原因となる、あるいは宗教を口実とした対立や紛争は、世界中でひっきりなしに起こってきたわけですが、制度化されていない信念も含めて何らかの宗教を持っているという点は人類の大部分に共通しています。私はこのことを、ずっと興味深く思ってきて、進化の過程で「宗教本能」のようなものが人類にはインストールされてきたのだろうか、と考えてきたわけですが、まさにそういった問題意識に正面から答えてくれる著作でした。自然淘汰のうえで有利に働くから宗教行動が人類に保存されてきたという機能的な考え方は、信仰心篤い人々には許しがたく聞こえるのかもしれませんが、ますます自分の存在そのものについて考えるきっかけにはなることでしょう。

『TPP亡国論』 【中野剛志(著),2011年,集英社,760円】

標題から明らかなように、日本のTPP参加への徹底的な反対論を唱えています。著者は、現在は出向中で大学の助教という肩書きですが、現職の経済産業省官僚。マスコミ報道を見る限り、農水省はTPP反対、経産省は賛成、という図式が強調されますが、そんな単純な話ではないというのがよくわかります。「アジアの成長を取り込む」「国を開くというメッセージを発する」「環太平洋地域のルール作りに乗り遅れる」など、TPP賛成論が挙げる根拠を一つ一つ、具体的な、しかもオープンな情報を元に論破していき、TPP参加を急ぐことは国益を損ねると主張します。反論のあまりの徹底ぶりに、本書を読んだ後、賛成論者の言い分も読まなければ、自分の中でバランスが保てなかったほどです。


『TPPが日本を壊す』 【廣宮孝信(著)青木文鷹(監修),2011年,扶桑社,740円】


TPPに関して、「農業保護」対「経済成長」のように、二者択一的な議論に終始しがちな現状に対し、どの立場にとってはメリットがあり、どの立場にとってはデメリットがあるのか、また、TPPに参加する他国はどのような条件において利を得ようとしているのかをわかりやすく整理しています。TPP推進派の言い分にも目を配っているという点では、中野(2011)『TPP亡国論』よりは冷静なトーンといえますが、それでも、メリットとデメリットを比較するとデメリットが多いとする主張は明確です。特に、日本の場合は地方自治体のレベルで既に他国に匹敵する経済規模を持っているので、「国対国」という図式でTPPを理解するのは不正確という指摘には目を開かれる思いがしました。

『伝わる!文章力が身につく本』 【小笠原信之(著),2011年,高橋書店,1,200円】

日本語での文章作法についての具体的なガイドブックです。ついつい確たる理由もなく頼ってしまいがちな言葉(「そうした中」「が」「だろう」など)の適切な使い方や、意味が明確に伝わる文の構成法、印象的な表現の仕方、「は」と「が」や「ので」と「から」など、似たような働きの言葉の使い分けなど、わかっているようで、あらためて教わると「なるほど」となることが多くありました。これの英語バージョンを考えて教材化してみたいと思いました。

『ずるい考え方』 【木村尚義(著),2011年,あさ出版,1,300円】

副題は「ゼロから始めるラテラルシンキング入門」。自分の関わっている「クリティカル・シンキング」関連の実践で、新たな展開を模索するのに読んでみました。ひじょうにわかりやすく、おもしろく読めました。ロジカルシンキングを「垂直思考」と呼び、それを補完するものとして「水平思考=ラテラルシンキング」を提案するのですが、具体的な「例題」が豊富に挙げられているので、実際に自分の頭を使いながらラテラルシンキングを体験することができ、「そんな発想・・・言われてみればアリだよね」という、知的好奇心が刺激されます。

『岡田武史というリーダー』 【二宮寿朗(著),2010年,KKベストセラーズ,724円】

サッカーは嫌いというわけではないのですが、たいして興味がなく、Jリーグどころか日本代表についてすら、マスコミが騒ぎ立てていても、ほとんど事情を知りません。しかし、どういうわけか岡田武史さんのことは気になっていて、いったい、どのような監督だったのかを知りたいと思い、この本を読みました。著者は、チームを運営していくのに「理想と現実の両面を同時に見ている」という基本線に沿って岡田采配を解釈します。全体を通じて岡田さんを高く評価するスタンスなので、世間的には批判されたできごとも良い方向に解釈する説明をしています。しかし、だからと言って浅薄なヨイショをしているわけではなくて、著者自身の長期的な取材に基づく実感であることがうかがえます。素人に見えている部分と実際は、かなりギャップがあるのだろうなと思いました。

『騙されないための世界経済入門』 【中原圭介(著),2010年,フォレスト出版,1,500円】

「日本の国家財政は借金まみれ」「中国のバブルは早晩はじける」といった、経済ニュースでまことしやかに語られる解釈や予測が、いかに的外れなものであるかをわかりやすく解説しています。著者が強調するのは「経済の本質」。たとえば、「賃金→消費→物価」という影響の方向性や、「経済は理論ではなく、人間の心理で動く」という経済の動力論、そして「世界経済が多極化している」という世界情勢の見たてといった「本質」を踏まえれば、自ずと正しい考え方が見えてくることを、個別の話題を引き合いに出しながら示しています。経済の動きがよくわからないと思う人には、とても良い解説書であると思います。


『これからの「正義」の話をしよう』 【マイケル・サンデル(著)鬼澤忍(訳),2010年,早川書房,2,300円】

NHKの「白熱教室」でも話題になったので、内容は紹介するまでもありませんが、ハーバード大学の政治哲学の講義でのテキストです。原題はJustice - What's the Right Thing to Do? であり、内容を考えても、邦訳の副題「いまを生き延びるための哲学」というのは、特に「生き延びるための」という部分が商業的すぎたかな、と思います。内容については、間違いなく面白いものでした。価値を相対化するリベラリズムだけでは社会を運営していくことは難しく、やはり何らかの「美徳」を前提とする道徳観が求められるという主張については、日本にも当てはまる話であり、考えさせられました。

『アイデア脳を作る水平思考のすすめ方』 【山下貴史(著),2010年,日本能率協会マネジメントセンター,1,500円】

論理思考・ロジカルシンキングを「垂直思考」と呼び、それに対置するものとして「水平思考」「ラテラルシンキング」を提案します。水平思考とは、たとえば「古いビルのエレベーターが遅くて、ビルのオーナーに対してテナントから苦情が来ている。さて、どうするか?」という問いに対し、問題の定義づけを「エレベーター」から外すことで解決を図るような思考法のこと。論理思考と併用することで相互補完できると著者は言いますが、むしろこれも論理思考の一種なのでは?と思いながら読みました。主たる想定読者はビジネスパーソンかもしれませんが、教員にとっても発想のヒントとなり、おもしろく読めました。

『偽善エネルギー』 【武田邦彦(著),2009年,幻冬舎,760円】

テレビにも頻繁に出演している研究者が、エネルギー問題や環境問題、食糧問題に関して巷間まことしやかに流布されている「定説」を、「そんなものはマヤカシだ」とばかりにバッサリと斬り捨てます。「自然エネルギーは環境にやさしい」というのをわたしは無批判に信じていましたが、エネルギー保存則に従えば、自然エネルギーも、電気に変換された分だけ弱くなるので、それが環境に影響を与えないわけがない、という説明を読んで、言われてみればその通りだと納得せざるを得ませんでした。原子力の問題についても、きちんと視点を分けて解説されており、わかりやすかったです。

『新しい資本主義』 【原丈人(著),2009年,PHP研究所,700円】

経済系の本でこんなにも希望を持たせてくれた本は初めてです。マネーがマネーを生む、まるで実体のない現在の金融資本主義経済を捨て、著者が「公益資本主義」と呼ぶものへと変化していくべきだという主張が、具体的な提案とともに述べられています。短期的な利益率で企業の価値が判断されてしまう現状では、次世代を支える技術や産業を育てる長期的な取り組みが妨げられることを問題視し、長期の投資に限定した市場を作ることや、既存の技術の組み合わせではない技術の創造の必要性、「実業」を重視すべきことなど、きわめて明快に語られています。専門的に見れば、楽観的に過ぎるのかもしれませんが、資本主義の進むべき道が1つ示されたように思います。


『マルクスの逆襲』 【三田誠広(著),2009年,集英社,700円】

最近、どうもマルクスに再び光が当たっているようだ、という雰囲気(?)を感じ、そういえば自分もマルクスの名前を知っているだけで、実際のところは全然知らないと気づきました。それで本書を読んでみたのですが、私がマルクスに関して知りたかったことのほとんどが本書には書かれていました。なぜ日本の若者たちはマルクスに熱狂したのか、社会主義・共産主義とはいったい何なのか、そして、マルクスの現代的意義は…?著者の語り口もたいへん平明で読みやすく、私のような「初学者」にとっては、とっかかりの一冊として最適な著作だと思います。

『予想どおりに不合理』 【ダン・アリエリー(著)熊谷淳子(訳),2008年,早川書房,1,800円】

副題は「行動経済学が明かす『あなたがそれを選ぶわけ』」。キャッチーなタイトルのようですが、本当にそのまんまです。とにかく、おもしろいです。たしかに合理的ではないのだけど、でも、「ああ、そうだよね、実際、こう考えてしまうよね」ということが、実験によって次々と明らかにされていきます。しかも、当人においては合理的に判断しているつもりだったりするのが、また興味深いところ。たとえば、「無料!」の威力。たとえば、「選択の自由」の魔力。おそろしい!「行動経済学」という分野については全く知りませんでしたが、本書を読む限りでは、わりと心理学と似たようなことをやるのかな?などと思いました。違うかな?いずれにせよ、人間理解のためにも、学問的探求の面白さを知るためにも必読です。

『自由と民主主義ともうやめる』 【佐伯啓思(著),2008年,幻冬社,760円】

タイトルはものすごく挑発的に響きますが、書名の最初に「(アメリカに追従した)」を付け加えると主旨がよく伝わるかと思います。なぜ「保守」である自民党が憲法改正などの改革を打ち出し、「革新」である野党が現体制の維持を唱える逆転現象が生じているのか、といったところを糸口に、アメリカ的保守とヨーロッパ的保守の違いは何か、進歩主義的歴史観の行き着く先は何か、といった議論がなされ、最終的には日本がアメリカ的イデオロギーに安直に従うのではなく、日本の伝統に根ざした価値観を持って自立することを求める主張がなされています。といっても、「日本、このままでいいじゃん、自信持てよ」という安易な現状肯定でも、「昔は良かった」的な伝統回帰でもありません。国民一人ひとりが負うべき責任は何なのか、といったところまで論は及び、「そういえば、そんなこと考えたことなかったな」と思わされました。


『生物と無生物のあいだ』 【福岡伸一(著),2007年,講談社,740円】

かなり評判の良い本のようで、なかなか一言でまとめることができませんが、たしかに面白かったです。ただ、タイトルはミスリーディングかな、と。当初は「ウィルスは生物か無生物か」といった話が主題なのだろうかと思って読み始め、実際そういった話も部分的には出てくるのですが、それよりは遺伝子に関わる研究の歴史的な経緯、それも、研究の世界の生臭いエピソードを交えた「物語」がたいへん興味深いです。また、なぜ生物の身体が、その構成要素である原子よりもはるかに大きくなければならないのか、というような、生命のあり方の本質に関わると思われるような話も面白いです。


『戦国時代の大誤解』 【鈴木眞哉(著),2007年,PHP,700円】

タイトルどおり、多くの人がテレビの時代劇などを通じて「常識として」知っているような戦国時代の知識でも、実は歴史的事実は違うことがあるという実例を列挙した本です。著者も半ば認めるように、ほとんど「NHK大河ドラマの誤りを正す」というノリで、大河ドラマにたいしてなじみがなく、日本史に詳しくないという自覚のある私などは「何もそこまで目くじらを立てなくても…」と思ってしまうのですが、そういったドラマなどを通じて、ちょっとした「歴史通」のつもりの読者にとってはウロコが落ちることも多いのだろうと思います。私みたいに、「そういえば、そんな話もあったねえ…」という読み方をするのも悪くないかもしれません^_^;


『環境保護運動はどこが間違っているのか?』 【槌田敦(著),2007年,宝島社,720円】

タイトルだけ見ると「キワモノか?」と思ったのですが、エントロピーの法則を援用しつつ、ちょっとクリティカルな視点から環境保護運動を見る本書の議論をたどると、現在の「リサイクル信仰」が、いかに誤謬を含んだものであるかが理解できるように思います。むろん、私には科学的な裏づけを取ることなどできませんから、本書が正しいとも断言できないのですが、少なくとも「素人」が陥ってしまいがちな思考パターンはたしかに本書が指摘するとおりですし、たいへん示唆に富んでいると思います。原著1992年の改訂増補版というのもうなずけます。


『ダメな議論』 【飯田泰之(著),2006年,筑摩書房,680円】


副題は「論理思考で見抜く」。経済政策の妥当性や現代社会論など時事的な議論においてなされる、なんとなく正しそうに思われるような議論も、つぶさに分析すれば、いかに論理的に脆弱なものであるかがわかる、ということを豊富な実例で示し、また、そのような分析を自分で行うための指針を示す教養書です。想定読者は社会人のように思われますが、著述がたいへんわかりやすく、「クリティカル・シンキング」や「メディア・リテラシー」といった観点から学校教育にも応用のきく内容です。


『ネオ共産主義論』 【的場昭弘(著),2006年,光文社,740円】


『マルクスだったらこう考える』の著者による共産主義解説書…と言ってしまってよいか自信がありませんが、マルクスにこだわらず、世の「共産主義」と呼ばれる考え方について、歴史的な経緯を丁寧におさえながら、わかりやすい解説がなされています。私などは、共産主義といえば基本的には実効性のない過去のものだという認識だったのですが、本書を読んで、一口に共産主義と言っても一枚岩なものではなく、いろいろな立場があり得るのだということがわかり、驚きました。また、「ネオ」の部分では、共産主義の現代的意義が考察されていますが、資本主義と不可分な存在としての共産主義、という考え方を興味深く感じました。

『リベラリズムとは何か ロールズと正義の論理』 【盛山和夫(著),2006年,勁草書房,3,300円】

タイトルずばりの本です。ロールズの『正義論』を足場に、現代のリベラリズムがどのような性質を持つものかを論じ…ているのだと思います(汗)正直言って、難しい!まず、ロールズという人物もこの本で初めて知ったし、「正義」の定義論も、きわめて抽象的かつ厳密に論理的に展開されますので、日常的な言語使用からアタマを切り替えるのが大変でした。「内省的均衡」の議論のあたりでめまいが…。こういう思考に慣れてないのですよね…。タイトルと最初の数ページだけを見て購入したのですが、完全に消化不良です。興味があって読みたいのに理解できない、というのは、かなり久々の経験。とりあえず、自分がこの本に挑戦した証拠としてここに書き残しておきます。もういちどしっかり読みます。全然紹介になってなくて申し訳ありません。


『環境問題のウソ』 【池田清彦(著),2006年,筑摩書房,760円】

タイトルおよび著者の語り口が挑発的ですが、環境問題について巷間ささやかれていることがいかに偏った情報に基づくものであるかを具体的に示します。取り上げられているのは地球温暖化、ダイオキシン、外来種、自然保護など、誰しもある程度知っていそうな問題ばかり。どの問題にしても、科学的に落ち着いて考えれば、センセーショナルに訴えられているような事柄が間違っていることがわかる、というスタンスで、読者の環境問題観を揺さぶります。これに安心して、「そうか、好き勝手に生活してもいいんだ」などと開き直ってはいけないでしょうが、私たちが接する「善意的情報」の偏りに注意を向けさせてくれるという点で、意義のある書ではないでしょうか。


『神社の系譜』 【宮元建次(著),2006年,光文社,700円】

副題は「なぜそこにあるのか」。まさにその通り、日本全国の神社が、なぜその場所に建立されたのか、という問いに「自然暦」という分析ツールをもって答えを導き出していきます。決してオカルトではなく、自然の地理から謎を解き明かす説明は単純明快で、「なるほど」と納得します。私自身がこれまでに訪れたことのある神社がいくつも取り上げられているので、たいへん興味深く読むことができました。


『右翼と左翼』 【浅羽通明(著),2006年,幻冬舎,740円】

これはおもしろいです。「右翼」とは何か。「左翼」とは何か。それだけの話なのですが、今まで自分が理解しているつもりで、何となくモヤモヤ残っていたものがすっきり氷解しました。「右翼と左翼」の意味が、フランス革命に始まる歴史的な変遷を追いながら、ひじょうに平明に解説されます。わかっている人にとっては自明のことなのかもしれませんが、私には「なるほど!」の連続でした。「これ、世界史で習ったよなー」などと思いながら、再び知識の整理がなされていく、心地よい「勉強の喜び」を感じました。うん。こんな知的な喜びがあるのに、世界史を履修しないなんてもったいないですよ。特に「進学校」を自認する学校であればね。


『美しい国へ』 【安倍晋三(著),2006年,文藝春秋,680円】

「わたしは政治家を見るとき、こんな見方をしている。それは『闘う政治家』と『闘わない政治家』である。」こんな文言が「はじめに」にあります。恣意的・ご都合主義な二分法。論点のすりかえ。ひとりよがりの責任感。そして、全体を通じての文章の非論理性。安倍氏の人となりを知るわけではないし、こんな新書一冊で全てを判断するのが軽薄・性急であることはわかっているつもりです。「与党の矜持」みたいなものは感じられ、そこは共感できるところです。わりにマジメに政治を考えている人なのかな、という好印象もあります。が、どうしても強烈な不信感が…。「愛国心」に燃える「軍部」が暴走して「首相暗殺」なんてことになっても、それはそれで「美しい国」なのかなあ…?


『若者はなぜ3年で辞めるのか?』 【城繁幸(著),2006年,光文社,700円】

タイトルだけ見ると、早期離職率の高い若者を批判しているように思えますが、中身はその逆です。副題に「年功序列が奪う日本の未来」とあるように、若者が3年で辞めたくなるような日本の企業システムが悪い、という方向の議論です。著者は、昨今の「成果主義」も結局は年功序列システムに乗っかったものでしかないと指摘し、年功序列システムがあるかぎり、若者に明るい未来はないし、日本企業も生き残っていけない、と断じます。私は(みなし)公務員ですから、いわゆる民間企業の状況がまったくわからないのですが、理屈としてはとても納得できましたし、共感する部分も多かったです。ただし、とてもリベラルで合理的であるがゆえに、そこに落とし穴がないのかな?と、素朴な疑問は感じました。


『9条どうでしょう』 【内田樹・小田嶋隆・平川克美・町山智浩(著),2006年,毎日新聞社,1200円】

どうしても「重い」イメージがつきまとう憲法9条の改定論議を、できるだけその「重さ」を感じさせず、カジュアルに考えてみませんか?というニュアンスの感じられるタイトルです。が、中身はなかなかどうして、刺激的。護憲派というと、私などは「現実を直視せず、合理的に考えることを拒否する、特定のイデオロギーに凝り固まった人」という偏見を持っていたのですが、本書の議論は、むしろかなり現実的です。イデオロギーとして9条護憲を叫ぶのではなく、政治的に合理的・功利的に「計算」すれば、9条を現状維持する方が日本にとってメリットが大きい、という立場からの議論が展開されます。「9条を<利用>することが<おいしい>」とも表現できるかもしれない、したたかな考え方です。「護憲派=理想主義的 vs 改憲派=現実主義的」という漠然としたイメージを持っていた私には、発想を大きく転換するきっかけを与えてくれる本でした。


『憲法9条の逆襲!』 【辻内圭(著),2006年,幻冬舎,1400円】

著者自らの実体験を出発点に、「反戦」の立場から9条護憲を唱える論考。「9条改憲=戦争肯定」でないとはいえ、「なんとなく改憲」ブームのウラで、なぜ9条のような「普通でない」条文が成立しえたのか、戦後間もない当時の「現実」が忘れられているのではないか、と注意をうながします。「戦後生まれ」の首相が特攻隊を美化して語るような状況が今の日本にはありますが、現実はそんなきれいごとでは済まないのですよ、それが覚悟できていますか、と著者は問いかけます。また、本書では、ただ護憲を唱えるばかりでなくて改憲論者との対談も採録されています。最終的に改憲・護憲、どちらに傾くにしても、ブームに流されるのではなく、「ちょっと待てよ」と、自分で考えてみるには、読みやすい本だと思います。


『愛国者の条件』 【半藤一利・戸一成(著),2006年,ダイヤモンド社,1000円】

副題は「昭和の失策とナショナリズムの本質を問う」。オビの売り文句は「教育が変われば、国も変わる。その覚悟はできているのか。日本人よ、気分に流されるな」。教育基本法改正とともに持ち上がった「愛国」論議。現代のそれを、昭和、つまり太平洋戦争の悲劇をもたらしたナショナリズムのあり方を省みることで、まさに「雰囲気」や「ムード」に流されて過去の過ちを繰り返してはならない、と訴える書です。憲法9条改定に関しては、2人の著者は立場を異にしていますが、「愛国心」や「美しい国」のあり方、国際理解に根ざした外交センスの重要性などについては、両者一致して、たいへん説得力のある議論が展開されます。また、「反戦教育」といっても、「戦争反対」という結論を教えるだけでは意味がない、なぜそういった結論になるのかを歴史からつぶさに学ぶことができるよう、戦争の実態をきちんと教えるべきだ、という主張には納得させられました。


『憲法九条を世界遺産に』 【太田光・中沢新一(著),2006年,集英社,660円】

「護憲派」の立場から憲法9条を論じる書ですが、はっきりいって「がっかり」。話がとにかく抽象的・観念的なレベルに留まり、まったく現実的な政策論議が出てこない。本来ならば、この2人の著者の組み合わせで、抽象と具象のバランスを取ることがもくろまれていたのではないかと思うのですが、まったくそうはなっていません。これでは改憲派の「現実的」な路線の批判には耐えられないでしょう。


『新憲法はこうなる』 【田村重信(編),2006年,講談社,1000円】

著者は自民党の政務調査会主席専門員として、自民党の憲法改正案を練り上げた立場の人です。内容は、自民党が提示する憲法改定案に関する解説です。私は政治家がオープンな形で政策を世に問うていくことに賛成しますので、与党の立場ある人が、明確に憲法の改訂案を一冊の本という形で示してくれたことには肯定的な評価を与えたいと思います。「護憲派」でも、むやみやたらと改憲派を批判するのではなく、このような、きちんとした形で示される改憲案を丁寧に吟味する必要はあるでしょう。そういった意味で、改憲派・護憲派を問わず、目を通しておくべきものであると思います。ただ、本書に関して言えば、あくまで特定の政党の考え方を解説したもの、という限界を超えるものではないし、憲法改定の論拠にしても、「本当に憲法を変えなければそれが実現しないのか?」と、疑問の浮かぶものもあります。


『軍事を知らずして平和を語るな』 【石破茂・清谷信一(著),2006年,KKベストセラーズ,1500円】

石破氏は、言わずと知れた、元防衛庁長官。清谷氏は防衛問題を専門とするジャーナリスト。「軍事」と「戦争」はイコールではない、という立場から、「平和」を語るにも「軍事」を抜きにしては実効性のある議論にならない、ということを論証します。私は石破氏に関しては、立場を明確にして防衛を現実論で語ることのできる政治家、という意味で、わりと注目していました。本書でも、軍事の現実を直視したうえで、だからこそ憲法9条を変えて自衛隊を格上げすべきだ、と論じ、説得力があります。特に自衛隊の海外での活動の現実を知ると、著者たちの論に、なるほどと納得させられます。護憲派・改憲派を問わず、一読の価値のある本だと思います。


『インテリジェンス 武器なき戦争』 【手嶋龍一,佐藤優(著),2006年,幻冬舎,740円】

インテリジェンス(≒スパイ活動・情報活動)とは一体いかなる営為であり、国家に対してどのような影響を及ぼすものなのか、について、ジャーナリストとして、また外務省の情報プロフェッショナルとして一線で活躍してきた2人の著者が対談をしています。現実に起こった事件の背後で公に知られることなく活躍したインテリジェンスの動きが、書籍に載せられる範囲ではありますが、たいへんわかりやすく解説されています。「スパイ」というと、私などは映画などから形作られた印象が先行しがちなのですが、たいへんリアルな世界であり、(こうやって平和に本で読む限りは)とても面白いな、と感じました。現代の日本のインテリジェンス能力が低い、ということも再三指摘されており、たいへん刺激的です。


『靖国問題』 【高橋哲哉(著),2005年,筑摩書房,720円】

まさにタイトルどおり、「靖国問題」とは、何が「問題」なのかがわかります。私は靖国神社のことについては、その成り立ちも、政治的な問題となっていることも、全然わかっていなかったので、とりあえず読んでみようか、というつもりで本書を手に取りました。靖国神社の歴史と日本の中で果たしてきた精神的機能、宗教の観点からの靖国神社の性格や、頻繁に問題になるその政治的な位置づけなど、公平な立場からとは言えませんが、資料を交えてわかりやすく整理されていて勉強になります。本書の最後の方で論じられる著者なりの政策的提言は、あくまで「靖国問題」の観点からによるものであり、複合的な要因を実際的に処理しなければならない現実の政治からはやや遊離した感が否めませんが、私のようにこの問題のことがよくわかっていない人にとっては、とりあえずとっつきやすい入門書になるのではないでしょうか。


『カーニヴァル化する社会』 【鈴木謙介(著),2005年,講談社,700円】

一言でまとめるのが困難な書です。「労働観」「監視社会」「データベース依存の人格モデル」など、さまざまな角度から現代社会を切り取る、社会学からの刺激的な論考。私が特に興味を覚えたのは、現代の若者文化は、「右傾化」でも「プチ・ナショナリズム」でもなく、「祭り」をその行動原理とするものであるという指摘です。そして、それが、頻繁に論じられるフリーター・ニート問題ともつながってくるという議論が、私の言葉ではうまくまとめられませんが、若者に関わる者としてはたいへん興味深く感じました。


『憲法はむずかしくない』 【池上彰(著),2005年,筑摩書房,760円】

「週刊こどもニュース」で名を馳せた著者による、「超わかりやすい憲法論議入門」です。「護憲」だとか「改憲」だとか論じる前に、そもそも「憲法とか憲法改定論議って何なの?」という疑問に答えるべく、憲法改定論議に関わる論点がわかりやすく整理されています。著述はあくまで簡明とバランスを旨とし、護憲・改憲どちらにも偏らず、できるだけ公平に論点の整理に努めています。「国際貢献」を考えると自衛隊を軍隊として認めてしまう方が合理的だ、という考え方も、そしてそれに対する懸念も、どちらもよくわかります。この問題を自分の頭で考えたいならば、最初に読むのにとても適していると思います。


『ハト派の伝言 宮澤喜一元首相が語る』 【中国新聞社(編),2005年,中国新聞社,1680円】

中国新聞で連載された、宮澤喜一元首相とのインタビュー記事をまとめたものです。広島の新聞社が「ハト派」の政治家にスポットを当てるわけですから、その論調は容易に想像がつくのではないかと思いますが、政治に強くない私にとっては、特に憲法に関する議論などでは、「そういう見方もあるのか」と納得することがいくつかありました。一編一編がそれほど長くなく、全体としても小ぶりな本なので、体系だった議論は期待できませんが、小泉−安倍の流れで動いてきている今の日本の政治を見るひとつの視点を得ることはできるかもしれません。


『キリスト・コミッション』 【オグ・マンディーノ(著)牧野・M・美枝(訳),2005年,ダイヤモンド社,1800円】

イエス・キリストの復活に懐疑的な作家が、イエス処刑の6年後にタイムスリップし、「キリスト査問委員会」という自分自身の作品構想に従って、イエス復活劇の真実に迫っていくという宗教ミステリー小説。しかし、内容ははっきり言って、聖書に詳しい人でなければ理解できないだろうな、という感じです。そもそも原作は1980年刊ということですし、なぜ2005年の日本で訳書が出版されたのか、よくわからないのです。キリスト教系の出版社がクリスチャンをターゲットに出すというならまだ理解はできるのですが。しかし、こんな物語が成立してしまうところに、キリスト教文化における復活信仰の存在感の大きさが感じられるわけで、異文化理解のテキストとしては、それなりに面白い読み物かもしれません。

『マルクスだったらこう考える』 【的場昭弘(著),2004年,光文社,720円】

2009年末ごろに訪れた、「自分的マルクス・ブーム」で読んでみました。著者がマルクス研究の専門家であるからか、三田(2009)と比べると、より豊富な学術的背景の中でマルクスを位置づけ、正確な記述をしようとする姿勢が感じられます。そのぶん、私にとっては読むのに負担が大きいものだったのですが、自分がそれを知らないということも知らなかったことがらがいろいろ出てきて、たいへん勉強になりました。本書のコンセプトは、「マルクスが現代に生きていたら、諸々の問題についてこう考えるだろう」という視点からの論考です。実際、どこまでがマルクス自身の考えで、どこからが著者の解釈なのかがわかりにくい面はありましたが、「マルクス流の考え方とは、こういうものか」という理解ができました。


『知識資本主義』 【レスター・C・サロー(著)三上義一(訳),2004年,ダイヤモンド社,1800円】

タイトルの意味するところは、資本主義において以前「資本」であったのは土地でありカネであったが、それがいまや「知識」や「情報」に取ってかわられているということ。したがって、資本を適切に管理・運用することが資本主義社会における成功の条件であるとするならば、今求められているのは知識や情報を適切に管理・運用することであると筆者は主張します。そしてその背景として現在急激に進行しているグローバリズムについて、一般に抱かれている誤解を解き、また資本主義そのものの本質を明らかにすることで、今私たちが生きているこの社会を(経済の面から)どのように理解すれば良いかを明快に示します。たいへん示唆に富む内容で、社会科学的なものの見方が苦手な私にはよい勉強になりました。


『数学に感動する頭をつくる』 【栗田哲也(著),2004年,ディスカヴァー,1500円】

数学オリンピックの出場者などを教える著者が、数学を学ぶコツを伝授します。といってもいわゆる勉強法の話ではなくて、音感ならぬ「数感」を養うためにはどのような考え方のクセをつけるべきか説いたり、数学という学問(教科)の本質を垣間見せたり、という「数学エッセイ」とでも呼ぶべき読み物です。数学をじっくりと学び楽しむためには、浅薄な「解法テクニック」を覚えるのではなく、それなりの素地をしっかりと作らなければならないのだなあ、ということがよくわかりました。ちなみに私は数学は嫌いではないのですが、テストとなると点数はサッパリでした。素地がなかったんでしょうねえ・・・。


『歪められた日本神話』 【萩野貞樹(著),2004年,PHP新書,680円】

日本神話というと、とかく「記紀神話は渡来人が自らの政権を正当化するために作り上げた」であるとか、○○神は歴史上の誰それに該当する、といった「謎解き」論議が始まってしまうのですが、そういった傾向に著者は疑問を投げかけます。本書では記紀神話を歴史上の事実と重ね合わせようとするときに生じる不合理が指摘され、また逆に世界の他地域の神話とこそ符合する側面が強いことも示されており、日本神話を神話として真正面からとらえることの重要性が浮かび上がってきます。「神話」とはいったい何なのかを考えるよい材料であるかもしれません。


『覇権か生存か』 【ノーム・チョムスキー(著)鈴木主税(訳),2004年,集英社,950円】

アメリカの外交政策のあり方について、それが決してアメリカ政府が主張するように正義によるものではなく、むしろいかに矛盾に満ちたものであり、世界の平和をいかに遠ざけているかということを、豊富な実例とともに論じています。副題は「アメリカの世界戦略と人類の未来」であり、この2つを対等に比較するというのはとても奇妙な印象を受けるのですが、著者は決して誇張ではないと主張します。アメリカは世界の諸紛争を解決するために軍事的・政治的に動いているのではなく、むしろアメリカが動くからこそ紛争が激化するという側面があることが論じられており、著者の言葉を信じるなら、本書のタイトルはまさにそれだけの重みを持つものといえるでしょう。


『「奇跡」のトレーニング』 【小山裕史(著),2004年,講談社,1500円】

スポーツトレーニングにおける従来の常識を根底から覆す「初動負荷理論」についてのわかりやすい入門書。筋肉はパワーを発揮すればするほど硬化する、というのは実は悪しきトレーニング法の結果であり、理に適っているのはむしろその逆であるということです。野球のイチロー選手や陸上の末次選手の動きにも取り入れられている考え方であり、最近話題の「なんば」「二軸」の動きなどにも関連がある理論だと思います。スポーツに関心のある人にとっては、とても面白く読めるのではないでしょうか。


『運動指導の心理学』 【杉原隆(著),2003年,大修館書店,1900円】

私もいちおうスポーツ指導者のはしくれなもので、体育科の教員ならば当たり前のように知っているであろう運動指導の原理的な部分については、多少なりとも勉強しておかなければならないと思い読んだものです。内容としては、体育専攻の大学学部生が読む入門書、というのが最もわかりやすいかと思います。しかし、そのくらいのレベルのことが今の私には必要なもので、ブロック練習とランダム練習の違いや、フィードバックの手法、メンタルプラクティスの効用など、かなり良い勉強になりました。いまや、スポーツ指導員の資格を持たなければ運動系の部活動の指導ができなくなる、という時代ですから、こんな勉強が大学のカリキュラムで必須になる日も近いのかもしれません。…なんて言ってる間に資格更新の講習を受けなくちゃ…。


『できる人になるには勉強してはいけない!』 【久恒啓一(著),2003年,青春出版社,1400円】

ビジネスマン向けの「仕事術」です。「勉強してはいけない」というのは、「先行事例を検討してばかりの仕事、既成概念の枠内での仕事は実のある創造的な結果に結びつかない」ということです。そして「ひたすら現場を、自分の足元を掘りなさい」とアドバイスします。直接的に教育論を語ることはありませんが、一職業人としてやりがいをもって仕事に取り組むためには何が必要か、ひじょうに有益なヒントを得ることができます。


『運動科学』 【小田伸午(著),2003年,丸善,1900円】

「京大人気講義シリーズ」のうちの1冊。副題に「アスリートのサイエンス」とあるように、人間の身体運動に関わる科学を主にスポーツの観点から取り上げています。人間の身体構造から考えた合理的な動きとはどのようなものかがたいへんわかりやすく説明されています。特に興味深かったのが「二軸運動理論」についての考察です。桐朋高校バスケットボール部が取り入れて一躍脚光を浴びた「なんば」の動き等、具体的な例に即して話がなされているのでひじょうにわかりやすく、私自身はソフトテニスに引きつけて考えることができました。


『ゲーム理論トレーニング』 【逢沢明(著),2003年,かんき出版,1600円】

数学・経済学における「ゲーム理論」の入門書。たいへんオススメです。タイトルに「トレーニング」とあるように、具体的な練習問題が豊富かつ体系的に示されており、それらを考えながら読み進めていくうちにゲーム理論が理解できるようになっています。どうすれば損失を最小限に食い止められるのか、どうすれば形勢不利の状況を逆転に持ち込めるのかなど、物事を柔軟に見て合理的に考えるやり方がたいへんわかりやすく解説されています。選挙や経営戦略など実生活に関係するトピックが多く取り上げられているのも取っ付きやすく、楽しんで読めました。


『あしたの経済学』 【竹中平蔵(著),2003年,幻冬舎,1300円】

著者が経済財政政策・金融担当大臣として、日本経済の現状をどのように理解し、そしていかにして立ち直らせようとしているのかを国民にわかりやすく説明してくれる「解説書」のような本。副題に「改革は必ず日本を再生させる」とあるように、単なる経済学入門でも高度な専門的議論でもなく、著者(というより小泉内閣)が日本経済をどうしたいのかというビジョンが語られており、たいへん興味深く読めます。もちろん小泉政権の立場からの議論ですから客観的な議論とは言えないでしょうが、それ以上に大臣が自らの政治ビジョンをわかりやすい形で示しているということの価値がきわめて高いと思います。


『絶望から出発しよう』 【宮台真司(著),2003年,ウエイツ,750円】

宮台氏にしてはえらく楽観的で前向きなタイトルだなと思ったのですが、読んでみればやはり相変わらず透徹した観察眼からの切れ味鋭い議論が展開されていました。タイトルに関していえば著者の主張は「まだ絶望が足りない」ということで、思考停止に陥りやすい安易な思考フレームに対する批判です。167ページと薄い本ですが、内容はきわめて濃いと思います。「先入観を持たず、徹底して現象を見つめることで本質が見えてくる」ということがよくわかったように思います。また、政治家や官僚にまかっせきりにするのをやめ、市民の「民度」を上げていこうという主張も、たいへん興味深く読みました。ちなみに、下の梅原・稲盛(2003)と読み比べてみると、いろいろとおもしろいかもしれません。


『新しい哲学を語る』 【梅原猛・稲盛和夫(著),2003年,PHP研究所,1300円】

たまたま↑の宮台(2003)と前後して読みました。主張は明快で、極端にいえば「もっと利他的であろう」「もっと良心を磨こう」ということです。宮台氏が徹底して現実の現象を見つめることで「道徳」の根本の意味さえ捉え方を違えていくのに対して、本書で語られる「道徳」は、多くの人が漠然と共通理解しているような、「いわゆる道徳」です。そして、社会全体が利己に傾きすぎているから、諸々の問題が起きるのだ、という原因帰属をさせています。どちらが良いというわけではありませんが、宮台氏の本を読んでから比較対照させながら読むと、より深くいろいろと考えることができるように思います。教育の世界では梅原・稲盛流の考えの方が受け入れられやすいとは思いますが。


『ブッシュのアメリカ』 【三浦俊章(著),2003年,岩波書店,700円】

2003年の「イラク戦争」を焦点として、ジョージ・W・ブッシュ氏が米国大統領になってから米国の政治や社会の状況がどのようなものであったのかを、アメリカ国内の視点から解き明かしています。特にブッシュ氏がよって立つキリスト教右派やネオ・コンの動きと「9・11」がアメリカ社会に与えた影響との関連が有機的につながって見えてくる記述がなされており、ひじょうにわかりやすいと思いました。タイトルに表れているように、本書の考察はブッシュ氏や関連する人物の個人的資質に問題の原因を求めていくスタイルを取っており、問題理解がやや安直な印象は受けますが、メディアからだけではわからないアメリカ国内の様子を知るには、ひじょうに良い本だと思います。



『戦争の日本近現代史』 【加藤陽子(著),2002年,講談社,760円】

副題に、「東大式レッスン!征韓論から太平洋戦争まで」とあるように、大学の講義のような体裁を取りながら、戦争という視点から日本の近現代史を見ていくという内容です。特におもしろかったのは、日本国民があの大規模な戦争を主体的に受け入れるようになっていったのには、どのような社会的装置(?)が働いていたのか、という考察。ある程度の日本史の知識があることを前提にして書かれている部分もあり、歴史オンチの私にはちょっと辛かったのですが、とにかく全編を通して、「へえ〜、そうなのか!知らなかった!」と思うことばかりでした。現代的な考え方からすれば誤った判断も、歴史上のその時点で見れば、むしろ合理的に思われたり、あるいは他に選択の余地がなかったりすることが多く、今の感覚からだけで昔のできごとを評価してはいけないものだな、と思いました。


『上達の法則』 【岡本浩一(著),2002年,PHP,680円】

副題は「効率のよい努力を科学する」。心理学的な知見に照らして、「上級者」と「中級者」は何が違うのか、そしてどうすれば「上級者」の域に達することができるのかが、わかりやすく解説されています。著者自身が、心理学者であると同時に、将棋や茶道の「上級者」である経験から導き出される、心理学に裏打ちされた具体的なエピソードは、たいへん面白く読めます。同じことの繰り返しが多いので、分量のわりにすらすらと読めるのですが、英語学習者に対するアドバイスとしても、また英語教員の成長のヒントとしても、なかなか含蓄のある部分が多いです。「法則」を知ったからといってすぐに実践できるというわけではありませんが、自分の学習を第三者的視点から眺めることにはおおいに役に立ちそうです。


『憲法対論』 【奥平康弘・宮台真司(著),2002年,平凡社,780円】

憲法学の第一人者と気鋭の社会学者の対論の中で、現在生起している「現実」と、それを整理し理解するための「原則」を「憲法」をキーワードに解き明かしていきます。ただ、「憲法」と聞いて一般に想起されるような9条問題や天皇システムの問題ばかりではなく、むしろそれを取り巻く歴史的・社会的状況の考察へと話題は広がっており、その大局的な視点から今の世の中における憲法の意味が明らかにされています。読みやすい構成ですが、内容はひじょうに深く濃く鋭いので、付箋を貼りながら読んだら、ほとんどどのページにも貼らなくてはならないような状態になってしまいました。


『ナチ・ドイツと言語』 【宮田光雄(著),2002年,岩波書店,740円】

ナチ・ドイツがいかにして民衆に強い影響を与え、教化していったかについて、「言葉」をキーワードにそのレトリックを探っていくという趣旨。ただし、タイトルから連想されるような、言語への直接的言及は第1章のみで、あとは「映像」「教育」「ジョーク」「夢」などの観点からナチ・ドイツの影響の与え方を探っています。ヒトラー演説のレトリックやナチ支配下における非ナチ的教育実践の実例などが興味深い。メディアが民衆に与える影響力の大きさも同時にクローズアップされています。


『犬と鬼』 【アレックス・カー(著),2002年,講談社,2500円】

「知日派」のジャーナリストが現代日本社会のゆがみ・ひずみを、特に官僚制度の腐敗という観点から描いた話題作(?)日本人が何となく「日本の自然や伝統文化は欧米人に受けが良い」と楽観的に構えている間に、実はどんどん日本の誇るべきであるはずの文化が、外国から相手にされなくなってきている事実や、資金が流れるべきところに流れない欠陥構造などについて鋭い指摘がなされています。私自身はこういった社会的な問題に疎いので、真偽の判断があまりできないのですが、とにかく社会を見る眼が開かれた思いを抱きました。


『個性を引き出すスポーツトレーニング』 【立花龍司(著),2002年,岩波書店,700円】

最近はスポーツの練習もどんどん科学的になってきていていますが、その中の「トレーニング」について、一流のコンディショニング・コーチとして日米の野球界で活躍する著者がその必要性を説いています。専門的技能の練習が大切であることは当然ですが、身体がそれを支えるだけの器になっていなければ、技能の伸びも期待できない、という点から考えて、トレーニングもかなり重要であることがよくわかりました。また、本書では著者なりの「子どもスポーツ指導論」のようなものも披露されており、教育を考える上ではたいへん示唆的です。最初はソフトテニスの指導者という立場で読んでいましたが、ふと、「英語の技能を支える基礎体力とは何か」ということにも思考が及んでしまいました。


『ネクスト・ソサエティ』 【P.F.ドラッカー(著)上田惇生(訳),2002年,ダイヤモンド社,2200円】

原題はManaging in the Next Society。「ネクスト・ソサエティ」とは著者の造語で、すでに始まりつつある、従来とは構造の異なる社会を意味します。そのネクスト・ソサエティがどのような特徴を持つ社会であるのか、そしてその社会をどのように理解していけばよいのかについて、主に経済システムの観点から説いています。今の社会を体系的に理解するうえでひじょうに簡潔・明快な論考であり、視野が広げられた思いがしました。。


『数学嫌いな人のための数学−数学原論』 【小室直樹(著),2001年,東洋経済新報社,1600円】

嫌いというほどでもなかったのですが、数学の成績が常に下位だった私は、タイトルと著者を見てすぐに買ってしまいました。といっても、本書は数学のやさしいテキストというわけではなくて、数学の理論を支える哲学あるいは学問的背景についての解説書です。例によって「ワタシわ偉いぞ」と言わんばかりの文体はともかく、内容はたいへんわかりやすく興味深かったです。特に数学における「論理」の重要性が強調されており、それと経済理論との関係が明らかにされている部分などは、目からウロコでした。アカデミックなことを言ってインテリぶりたい人にもおススメか!?(笑)


『ズレてるわよ−一生懸命なオトコたちへ』 【奥山真理(著),2001年,インターワーク出版,1200円】

デキル女性の視点から見た男性論。タイトルからも想像がつくと思いますが・・・グサグサっときます(苦笑)自分の有能さ、人間的な大きさ、地位の高さを誇示したがるオトコを冷徹に、遠慮なくバカにしてくれます。が、けっして「嫌な女の決め付け」ではなく、かなり当たっていると思いました。「男の人は大変ですね。大物であること、懐の深いことをアピールするために、いろんなことを背負い込んでしまって。」という著者の言葉が全てを表しているような・・・。はあ・・・オレも器がちいせえなあ・・・、という気になりました(笑)著者は学習塾経営者でもあり、教育論もなかなか興味深いと思いました。


『定常型社会』 【広井良典(著),2001年,岩波書店,700円】

副題に「新しい『豊かさ』の構想」とあるように、物質的拡大を前提としたシステムが行き詰まっている現状から、「ゼロ成長」を前提とした社会、つまり「定常型社会」のあり方を論じています。単に「エコライフを心がけよう」といった表層的な呼びかけではなく、社会保障や環境の問題などを「富の分配」や消費のあり方の変容と結びつけて論じられており、たいへん有機的な議論となっています。「世の中が大きく変わってきているが、どう変わってきているのか、その根っこがわからない」という思いを抱いていた私には、たいへん有効な見取り図を与えてくれる1冊でした。


『ファストフードが世界を食いつくす』【エリック・シュローサー(著)楡井浩一(訳),2001年,草思社,1600円】

現代の社会に広く受け入れられてしまったファストフード業界について、表面上の親しみやすさ、気軽さの裏に隠された病理を暴きだそうとするノンフィクション。商品の製造過程や、広告のやり方、雇用者に対する扱いなど、一読する限りでは何かの事件をモチーフに誇大描写をする風刺パロディかなにかと思ってしまうほどに、にわかには信じがたい、そして信じたくない実態が次々と描写されています。人間の作り上げるシステムについて、真剣に考えさせられる一冊です。


『漁師さんの森づくり 森は海の恋人』 【畠山重篤(著),2000年,講談社,1200円】

カキ・ホタテの養殖などを手がける漁師さんが、魚介類の生育を助けるために、水源地となる森に木を植える話が、豊富なイラストとともにわかりやすく述べられています。同著者による『森は海の恋人』(北斗出版 1994年)という書籍の内容を子ども向けにわかりやすく書きなおしたものですが、最低限必要な科学的な背景知識や歴史的なエピソードなども盛り込まれているので、大人が読んでもおもしろくためになります。


『イエスタデイをうたって』【冬目景(著),1999年〜(続刊中),集英社,505円】

マンガです(笑)かなり好きなので・・・。何が良いかって、この作品の主人公たちの年齢が、自分と近いのが大きいです。中学生・高校生くらいの人物がエネルギーバリバリで活躍しているマンガも楽しいですが、等身大の自分を投影できるこの作品には、「救われる」思いがします(というのもヘンな表現ですが)。特別にドラマチックな展開があるわけでもなく(いや、いちおう虚構の世界だし、まったくドラマがないわけではないんですが・・・)、日常の落ち着いた展開の中で感じる、ちょっと苦いような、恥ずかしいような、うれしいような、それでいて一応大人として整理がついているような、けどホントは整理なんかついていないような・・・、決して無理に前向きであろうとせず、でも、後ろ向きでもなく、斜に構えてしまっているわけでもなく・・・、そんな(どんなやねん!)20代半ばの「若者」の心の動きが、自分の心に響いて「わかる」、そういう感じです。せやから、どんなやねんって!(苦笑)


『日本人のための宗教原論』【小室直樹(著),2000年,徳間書店,1800円】

宗教オンチと言われる日本人のために、世界の代表的な宗教であるキリスト教、仏教、イスラム(教)、および儒教のエッセンスをわかりやすく解説しており、そのことを通じて、宗教を正しく理解するための視点を提供しています。「世の無能な学者や宗教家は全然わかってないが、私にはわかっている」という、いかにもな商業的文体は好きになれません。が、世界宗教のアウトラインとその発想を知るには手ごろな入門書では?


『イエスは食べられて復活した』【やすいゆたか(著),2000年,社会評論社,2300円】

ひょんなことで著者ご本人から「謹呈」いただいてしまった本。同著者による『キリスト教とカニバリズム』の続編とも言える内容で、イエスの聖餐とそれに引き続いて弟子たちに起こった「復活体験」について、精神分析の手法を用いて聖書の記述内容を分析しています。直接的な証拠が利用できない種類の議論であるがゆえに、どうしても推測に基づく演繹的推論にならざるを得ず、それが一部では酷評されたようです。私も、類例の収集・提示がどうしても必要だろうと思いましたが、主張の内容じたいは興味深いと思います。


『逆説の日本史』(シリーズ続刊中)(井沢元彦(著), 小学館, 1500円程度)

『週刊ポスト』に連載の、井沢流日本史論です。「聖徳太子は、生前に人徳優れていたから立派な名前が付いたのではなく、死後に恨みを買いたくないので立派な名前がつけられた」のように、当時の人々の宗教意識から「見えども見えず」だった歴史事実を探り当てる。説の妥当性については議論がなされるところでしょうが、宗教意識という原理から<演繹的に>推論して歴史を眺めることで説得力ある論を導くやり方は生成文法にも通じるところがあり、データ重視の帰納法を偏重する研究のあり方に一石を投じるものだと思います。


『キリスト教とカニバリズム』【やすいゆたか(著), 1999年, 三一書房, 2500円】

キリスト教における聖餐式は、単なる象徴的儀式としてではなく、実際に死後のイエスの身体を弟子たちが食すことを意図して生まれたものである、という仮説を提示。聖書の文言を字義どおりに解釈するところから、その後のキリスト教の展開への考察を行っています。推測にもとづく記述も多く、論理としてはまだまだ精緻化させる余地がありますが、あり得ない説ではないと思います。


『<意識>とは何だろうか』【下條信輔(著), 1999年, 講談社, 680円】

心理学では「知覚」と「認知」を分離して論ずることがあるようですが、著者はそもそも両者は分離できない、ということを述べています。「脳の来歴」をキーワードとして、知覚や認知というものが脳内だけで起こるものではなく、必ず外界との関係によって成り立つということを、さまざまな研究を引きながら論証しています。理系的な研究分野が文系的な概念を取り入れ始めた、という点が興味深いと思います。


『黒い聖母と悪魔の謎』【馬杉宗夫(著),1998年,講談社,660円】

タイトルだけ見ると、なにやらオカルトじみた内容かという感じですが、そういうわけではありません。副題に「キリスト教異形の図像学」とあるように、キリスト教美術、特に「正統」と呼ばれるものから少し外れる作品に目を向け、それらがいったいどのような背景で生み出され、どのような意味を持つものかを考察していきます。全体を通して読むと話題がやや断片的で章間の関連性が希薄なのが欠点と言えば欠点か。写真が豊富なので楽しんで読めます。


『日本多神教の風土』 【久保田展弘(著),1997年,PHP研究所,657円】

クリスマスに大騒ぎした1週間後に除夜の鐘に耳を澄まし、その翌朝には初詣に出かける、ということに何の違和感も抱かない日本人。「宗教オンチ」とも言われるほどに、宗教とある意味で寛大な付き合い方をしてきた日本人の宗教感覚についての考察です。神話に見られる日本人の自然観・神理解を読み解き、あるいは西洋的な啓典宗教と比較することで日本人特有の宗教感覚に迫ります。最後は、そういった宗教意識と現代社会における生き方の関わりにまで論が及んでいます。たいへんわかりやすい論考で、日本文化を理解する1つのヒントが得られるのではないでしょうか。


『朝日新聞の正義』【井沢元彦・小林よしのり(著), 1997年, 小学館, 1400円】

「逆説の井沢」と「ゴーマニズムの小林」が対談形式で展開する朝日ジャーナリズム批判。小林氏のいう「サヨク」的な正義感を漂わせつつジャーナリズムとしてあるまじき姿を示している、というような論調で、徹底的に「朝日」をこきおろしています。主張の妥当性は検討の余地アリですが、少なくとも本書に示されているエピソードが事実だとすれば、大新聞だからといっておいそれと信用してはいけないな、と思います。ちなみに井沢氏によるもう少し詳細な朝日批判は『虚報の構造−オオカミ少年の系譜−』(1995年, 小学館, 1500円)にあります。


『アマテラス神話の変身譜』 【斎藤英喜(編),1996年,森話社,3200円】

タイトルに惹かれて読みましたが、正直言って難しい!!神話好きというだけの素人が手を出すべき本ではありませんでした(告白すると、学生時代に見境なく買って放ったらかしにしていたものを、ようやく最近になって読んだ次第です)。しかし、理解できたわずかな部分に関しては、たいへん面白かったです。「変身譜」のタイトルにふさわしく、歴史上さまざまな文献において、「アマテラス」という神がどのように性格づけられて描かれてきたか、そしてその絵がかれかたがどのような変容を見せてきたかということが丹念に検討されていきます。身近な神話に見られる人間くさいアマテラスから、かなり人格性を失ってしまったアマテラスまで、その多様性には驚かされます。古典や日本史の素養がちゃんとある人が読めば、相当読み応えがあるのではないかと思います。


『ウイルス進化論』【中原英臣・佐川峻(著), 1996年, 早川書房, 560円】

進化論といえばダーウィンによるものが有名ですが、実はダーウィン進化論は様々な修正が加えられる必要があるということが既に明らかであるそうです。本書はそうした修正意見の1つで、「進化の単位は種である」という認識から、進化の原理は自然淘汰ではなくウィルスによる遺伝子の変異である、という主張を展開しています。自然の現象をなるべく小さな単位で説明しようとする還元主義に逆らう主張が興味深いです。


『愛の魔力』【メレディス・F・スモール(著), 野中邦子(訳), 1996年, 角川書店, 1600円】

副題は「セックスに愛は必要か」。ずいぶんロマンチックな話をしている本かと思うと、中身は全然そうではなくて、性に関わる話題について生物学の立場から科学的にいろいろな事実を提供しています。女性が共同生活すると生理の周期が同調してくる、などということは、私にとってはロマンチックというより知的好奇心の対象。性に関する科学的研究の一端を垣間見るのには興味深い本だと思います。


『「神々の指紋」の超真相』【H.ユウム・S.ヨコヤ・K.シミズ(著), 1996年, データハウス, 1200円】

あのベストセラーである『神々の指紋』が、ひたすらウソで塗り固められた「トンデモ本」であることを、科学的な知見を取り入れつつ論理的に証明している、いわゆる暴露本。『神々の指紋』よりもこちらを読むほうがはるかに役に立ちます。『神々の指紋』を読んでいない人も、この本は勉強になるはず。


『オリオン・ミステリー』【ロバート・ボーヴァル, エイドリアン・ギルバート(著), 近藤隆文(訳), 1995年, 日本放送出版協会, 2400円】

『神々の指紋』の著者、グラハム・ハンコックがネタをパクった元本。こちらはあの吉村作治先生を監修に加えて、本格的な学術書となっています。本書の主張は、エジプトのピラミッドは、単に王の権威を示すためにサイズをいろいろ変えていたのではなく、オリオン座に対応するような形になるように建造されている、ということ。私は天文の知識がないので、あんまり理解できていないですが、興味深いことは請け合いです。


『<識字>の構造』【菊池久一(著), 1995年, 勁草書房, 2800円】

「識字率」というと高ければ高いほど良いというイメージがありますが、「それは本当か?」と根本的に問いなおす本です。ちょっと抽象的な議論が多いので充分には理解できませんでしたが、教育における思い込みを考え直す必要性には目を向けられたように思います。


『日本人の女神信仰』【吉田敦彦(著), 1995年, 青土社, 2200円】

日本の神話・伝説においては女神の占める役割が大きいことを、埋葬などの儀式の手順や「山姥」の起源などの具体例を示しながら示しています。また、本書後半では、日本の女神信仰にスキタイ人の神話との共通性が見られること等を挙げ、文化の伝播ルートについて示唆を与えています。


『死海文書の謎』【マイケル・ベイジェント, リチャード・リー(著), 高尾利数(訳), 1995年, 柏書房, 4800円】

「エヴァンゲリオン」で一躍有名になった「死海文書」。本来は死海のほとりで生活を営んでいたクムラン教団による一連の文書で、キリスト教と何らかの関わりがあるとかないとかの議論がなされていたもの。その死海文書の公開が遅れているのは、キリスト教側が自分たちの不利になるような情報が記されているので圧力をかけているからである、と主張するのが本書。既に全文公開が実現した今となってはただのイエロージャーナリズムだということは明らかですが、そんな主張がまことしやかにささやかれること自体、西洋ではキリスト教の存在が大きいことの表れであるように思います。


『死海文書のすべて』【ジェームズ・C・ヴァンダーカム(著), 秦剛平(訳), 1995年, 青土社, 2800円】

完全公開された死海文書について、そこからわかったことやその文書の性質等についての解説書。淡々とした記述で、ある程度専門的知識を持った人を想定しているのかもしれません。あんまり読み物という感じではないかも。死海文書がいったいどのようなものかを知るには手ごろであるように思います。


『図説 日本未確認生物事典』【笹間良彦(著), 1994年, 柏書房, 2800円】

これは、タイトルだけで即買いしました。いいですよねえ〜このタイトル!ようするに妖怪やらお化けやらの類の事典なんですが、それを「未確認生物」と言ってしまうところがかなりジョーク効いてます。同著者による続編として『図説 世界未確認生物事典』(1996年, 柏書房, 2800円)もあります。ちょっと高価ですけど、こういうジョークな本は、一家に一冊置いておきたくありません?


『森が消えれば海も死ぬ』 【松永勝彦(著),1993年,講談社,820円】

森と海。一見関係の薄そうな両者が、実は水という媒介を通じて密接な関係にあるということが科学的に解き明かされます。海中の岩盤が石灰藻に覆われてウニなどが育たない「磯焼け」と呼ばれる現象や、コンブが正常に生育しない現象、そして漁獲量が減少する問題などを引き起こす原因が、海そのものではなく、実は森にあるということがよくわかります。生物どうしのつながりが「生態<系>=system」と呼ばれるのもそういった複雑な関係性を踏まえてのことであり、環境問題などを考えるとき、自然の一部分だけを切り離し、取り出して考えてはいけないことがよくわかりました。


『海が聞こえる』【氷室冴子(著),1993年,徳間書店,1200円】

実に数年ぶりに読んだフィクション。大学に入ってからはなぜかフィクションにまるで見向きもしなかったのが、ある日突然読みたくなって古本屋に走りました。淡々とした語り口がすごく気持ち良く感じられ、続編の『海が聞こえるU』(氷室冴子(著),1995年,徳間書店,1200円)と合わせて一晩で一気に読んでしまいました。正編の方は、ジブリの映画のイメージが強すぎて、あんまり素直に読めなかったんですが、ちょっと里伽子の存在感が薄かったかなあ…。まあ、小説だから、好きなように読めばいいんですけどね。

『思考の整理学』 【外山滋比古(著),1986年,筑摩書房,520円】

どういうわけかリバイバルして書店で平積みになっていたもの。「たまには流行りものも悪くないか」(って言っても古いけど)という程度で読んでみましたが、「そう、その通り!」とうなずく意見が満載。アイデアを寝かせること、とにかく書いてみること、既知の再認から未知の探求へという過程、情報のメタ化、忘れること、セレンディピティ、インブリーディング…。どれをとっても、「ああ、そういうことあるある!」と、思わずひざを打つこと再々。「朝食を食べなければいつまでも朝飯前」などという、最近ではありえない主張はご愛嬌。ただし、それなりの知的経験を積んでいなければ著者の言うことも伝わらないんじゃないかな、とも。


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