2009.2.5. 高等学校学習指導要領改訂案へのパブリックコメント

2009年1月21日に締め切られた、高等学校学習指導要領の改訂案に対するパブリックコメントにおいて、以下のようなメールをもって私の意見を文部科学省に提出しました。一部、個人情報を削除したり、見やすくするために改行やスペースを変更した以外は、提出したままです。ここで公表することに特に意味もないのですが、公開されることを前提とした文章ですので、隠すこともないと思い、ご紹介しておきます。

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件名: 高等学校・特別支援学校学習指導要領改訂案等について

氏名: 山岡 大基
性別: 男
年齢: 32
職業: 中学校・高等学校教員
住所: (省略)
電話番号: (省略)
意見: 以下のとおりです。

お示しの高等学校学習指導要領改訂案のうち、「第8節 外国語」に関わることについて意見を申し述べます。なお、「外国語」は、便宜上「英語」として述べさせていただきます。

以下の3点です。

(1) 技能別の科目を残してください
(2) 第1款の目標と第2款の科目別の目標に整合性を持たせてください
(3) 「英語表現I・II」の「目標」および「内容」について、補足的な説明をしてください


(1) 技能別の科目を残してください。

今回の改訂案では、「オーラル・コミュニケーション」「リーディング」「ライティング」という技能別の科目をなくされました。これは、4技能(領域)を有機的に関連付けた指導を、よりいっそう推し進めるためであろうと想像します。学校における英語教育の理念としては、まったく正しい方向性であると思います。

しかしながら、実際の教育効果という観点からは、技能総合的な科目だけで教育課程を構成することには疑義を呈さざるを得ません。これは、まったく実際的な観点からの疑義です。英語科教員の指導力は、先だっても悉皆研修を施す必要があったほどに低いと文部科学省としては判断していらっしゃるのだと思います。だとすれば、指導力の低い英語科教員に、技能総合的な指導を期待することは、政策的に整合性のないことではないでしょうか。

指導力の低い英語科教員が少なくないというのは一面では正しい現状認識かと思います。学習指導要領がどのように変わり、教科書がどのように変わろうとも、いわゆる文法訳読式の一斉講義型の授業しか作ることができない教員は現実に多く存在します。そういった教員が技能総合型の科目を担当した場合、どのような事態が生じるでしょうか。結局は自分に扱いやすい部分だけを取り出して、これまでと何ら変わらない授業を展開し、結局はせっかくの改訂案の趣旨が活かされないままに終わる危険性が高いと思います。

この点において、技能別の科目が設定されていることは、英語科教員内での役割分担という意味では有意義なことであるのです。たとえば、「読むことの指導には慣れているが、音声技能の指導には自信がない」という教員は、読むことに特化した科目を担当することで、その持ち味を発揮することができます。あるいは逆に、そういった教員が聞くこと・話すことに特化した科目を担当することで、自分の得意な領域に持ち込んで「逃げる」ことが許されないため、半強制的に自分の指導力を高めるきっかけが得られるという作用も期待できます。

ことは全国民的な教育に関わる問題です。熱心な学校や教員だけが取り組んで、そうでないところでは何の改善もなされないことが予測されるような政策は避けるべきだと思います。できるだけ学校現場の隅々にまで行き渡るような方法での指導法改善を企図していただきたく存じます。

現状でここまで改訂案が固まって公表されていますから、今回の改訂で科目の組み換えをするのは現実的に困難でしょう。しかし、たとえば、今回の改訂で「英語表現」という発表技能に特化した科目が設定されているように、「英語理解」という科目を設定することは、今後検討する余地はありませんでしょうか。ぜひともご考慮いただきたく存じます。


(2) 第1款の目標と第2款の科目別の目標に整合性を持たせてください

改訂案を見ますと、第1款で示された「目標」には、次の3つの要素が含まれていると読むことができます。

1. 言語や文化に対する理解を深める
2. 積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図る
3. 情報や考えなどを的確に理解したり適切に伝えたりするコミュニケーション能力を養う

このうち2と3については、(後述のように問題含みではありますが)第2款で示されている各科目の「目標」の中に、それぞれの科目の特性に応じて取り込まれており、全体的な目標と各科目の目標の関連がわかりやすくなっていると思います。

しかし、1については、どの科目の「目標」を見ても、この要素に該当する文言が見当たりません。第1款を見る限りは、3つの要素は並列のものと見えるのですが、そうだとしたら、第1款と第2款の間に整合性がないことになります。あるいは、1は2と3の上位概念であり、各科目においては2と3の中に吸収されているという論理なのであれば、第1款でそのように明記すべきだと思います。いずれにせよ、現在示されている文言だけを素直に読むと、整合性がないように思われます。

また、第1款では「コミュニケーション能力」という用語が見られますが、第2款では「能力」とだけ述べられています。この2つの関係がどのようになっているのかがわかりません。

上位概念:「コミュニケーション能力」
下位概念:「情報や考えなどを的確に理解したり適切に伝えたりする基礎的な能力」
       「事実や意見などを多様な観点から考察し、論理の展開や表現の方法を工夫しながら伝える能力」 など

という関係でしょうか。

もしそうだとすれば、第1款の「情報や考えなどを的確に理解したり適切に伝えたりする」という文言はどのような意味を持つのでしょうか。もしこの解釈と整合性があるように解釈するならば、「コミュニケーション能力」の内実を説明している、非制限的な、あるいは同格的な用法で使われているのでしょう。

しかし、そのように解釈してもまだ疑問が残ります。それは、中学校学習指導要領との整合性です。中学校学習指導要領においては、「目標」の中に、「聞くこと、話すこと、読むこと、書くことなどのコミュニケーション能力の基礎」と述べられています。高等学校における「情報や考えなどを的確に理解したり適切に伝えたりする」と、中学校における「聞くこと、話すこと、読むこと、書くことなど」は同義なのでしょうか。文言を素直に理解するならば、中学校が技能(skill)について述べており、高等学校は機能(function)について述べていると読み取るのが自然でしょう。わざわざ「コミュニケーション英語基礎」を新設し、中高の接続を謳っておきながら、大前提たる目標に整合性が見られないのでは、現場の教員は、まずそこから混乱してしまいます。

また、文章論理上は、「情報や考えなどを的確に理解したり適切に伝えたりする」を、制限的用法として理解することも可能です。その場合、「コミュニケーション能力」の一部として「情報や…伝えたりする」が位置づけられることになります。しかし、そうすると今度は、「コミュニケーション能力」そのものの定義が必要になります。

要するに、用語に明確な定義が与えられておらず、文も複数の解釈を許すような曖昧な書き方がされているので、読み手にとってわかりにくいという点が問題だと思います。全国の英語科教員がこの文書に従って仕事をするわけですから、誰が読んでも素直に理解できるような言葉遣いをしてくださるようお願いいたします。


(3)  「英語表現I・II」の「目標」および「内容」について、補足的な説明をしてください

今回新設される「英語表現I・II」に関して、私がたいへん画期的であると思っているのが、「目標」に述べられている、「事実や意見を多様な観点から考察し」および、「内容」に述べられている「学んだことや経験したことに基づき」という部分です。

これまでは、所与の教材に基づき、その内容をどのように理解し、発展させるかという、教材ベースの指導観が強かったように思います。しかしながら、コミュニケーション手段としての英語という観点からは、他者から与えられるテクストを操作するばかりではなく、自分自身と関連のある事柄について言語を使用することはきわめて重要なことであり、また、教材の内容を個人化(personalize)する方が言語材料の定着率も高いとことが期待されます。そのような意味で、高等学校の英語教育にその観点が取り入れられることはたいへん望ましいことであり、このような方向性は推進する価値のあるものであると考えます。

しかしながら、画期的であるがゆえに、教員が従前の発想をしていると十分に咀嚼できない可能性も高いと思います。「事実や意見を多様な観点から考察」したり、「示されている意見を他の意見と比較して共通点や相違点を整理」したりというのは、教材の内部にとどまらない活動であると考えられます。言い換えると、「多様な観点」や「他の意見」は、当該の教材からだけでは得られないもので、必ず教材の外部を参照しなければなりません。

こういったことは、これまでに公には述べられてこなかった考え方であり、高等学校英語科教員の間に即座に浸透することはないと思われます。したがって、文部科学省として、「英語表現」の授業を、この観点においては実際にどのように展開することができるのかを、具体的に例示していただけると、今回の学習指導要領の理念がよりよく達成されるものと思われます。

その際、「授業は英語で行なうことを基本とする。その際、生徒の理解の程度に応じた英語を用いるよう十分配慮するものとする」という第3款の考え方も含め、実際に英語で授業を進める中で、どのようにすれば生徒に「多様な観点からの考察」や「他の意見との比較」を行なわせることができるのかを、わかりやすい形でお示しいただきたく存じます。

たいへんな改訂作業へのご尽力に心よりの敬意を表します。
ここまでお目を通していただき、ありがとうございました。



山岡大基
mailto:amtrs@sings.jp
http://hb8.seikyou.ne.jp/home/amtrs/

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