2001.6.15. 『英文和訳から直読直解への指導』 斎藤栄二(著) 研究社出版 1996年 2140円
学校の英語教員を対象とした実践的教育書として、ひじょうにすばらしい本だと思いました。内容はタイトルからも明らかなように、リーディング指導において、どうすれば英文和訳を脱し直読直解につなげていくことができるのか、という指導技術の提案です。また、「明日から使える教室技術」という謳い文句にも表れているように、提案の内容はひじょうに具体的で、本当に明日の授業からでも導入できそうな手法ばかりです。
このように述べると、よくある<リーディング指導のアイデア集>のようなものに思われるかもしれませんし、じっさい「アイデア集」であることには違いがないわけですが、私はそれ以上の価値を本書に感じました。というのは、単に指導のテクニックをワークショップ的に羅列するのではなく、「英文和訳から直読直解へ」という全体の方向性の中で個々のテクニックがどのような位置付けを持っているのかが明らかにされているからです。別の言い方をすれば、個々の指導技術を、その場限りの思いつき的アイデアで終わらせない「教育方針」あるいは「哲学」といったものがあるからです。
著者が本書全体を通じて強調しているのが、本書に紹介されている個々の指導技術は、特段に目新しいものではないということです。しかしながら、目新しいものでなくとも、教師の側が自覚的な実践を行っておれば、それらのごく平凡な技術が意味を持ち始めると著者は言います。
「教育実践というものは、目新しいものは何もなくても、その1つ1つを地道に積み上げていくと、総和として良いものが少しずつ出てくる。それが大切なんですね。」(p.29)
「私は教師としては、「最終的には授業をこう持って行きたい」というあるべき姿のイメージは持つべきだと考えている。しかし現実の生徒の状態は、とてもそこまでは行かないというのが、むしろ大部分であろう。そこで現在の状態からもうちょっとの一歩だけ前へ進ませるという工夫が必要になってくる。千里の道も一歩からである。」
「重要なのは、授業の型がたえず成長しつづけるということではないでしょうか。そして何年かたって、振り返ってみると、昔の自分の型とは根本的に違ってしまっているというようなことになってもかまわない。」(p.63)
「そして何よりも大事なことは、1つのレベルの状態から、もう一歩レベルを上げた状態へ持っていくための、教え方の戦略を持つということです。授業戦略です。あるいは、授業に対する構想力といってもよい。その構想にしたがって、授業実践を進めていく時、そこに日々の実践に対する意義と、成長する教師としての指導力の伸びが見られるようになります。これは、ただのんべんだらりと、1日1日を消化試合のような授業を続けている教師の場合と比較すれば、かなりはっきりしてくるでしょう。1年、2年たつと、その差は決して小さくないはずですよ。」(p.147)
ようするに、特段に目覚しい実践を求めなくとも、最終的に到達したいポイントを意識し、そこに向かう道程に個々の指導技術を位置付けていくならば、それがよりよい実践につながっていくということでありましょうか。類似の例で言うならば、テニスの練習において素振りを行うばあい、何の目的もなく、ただ根性論で行うのと、フォームの調整とそれに必要な身体能力の養成という明確な目的をもって行うのでは、素振りという練習の持つ意味やその効果が異なってくるといようなことかと思います。
もちろん、本書で紹介されている個々のアイデア自体は、著者が言うほど「目新しくない」ことはないと思いますし、少なくとも私自身は「はあ、そんなやり方もあるのだなあ」と感心しながら読みました。リーディング指導において何とか和訳一辺倒の授業を脱したいと望んでおられる方には十分すぎるほど実践的なアイデアが提供されていると思います。しかしながら、そこに一本筋の通った方針が示されることによって、それらのアイデアがより有意義に活かされるあり方が見えているのがすばらしいと私は思います。
私はこれまでに斎藤氏の著書を何冊か読んでいるのですが、読むたびに感じるのが、氏の語り口には「やさしさ」があるということです。特段に現場の教員に迎合した物言いをしているというわけではありませんし、場合によっては現場の教員にとってずいぶんと厳しいことを要求していることもあるように思います。
しかしながら、それでも氏は常に実践者の側に立って励ましつづけているように思われます。人によっては、語り口こそ丁寧でやさしいものの、「自分はもうちゃんと立派な実践をやっている。読者のみなさん、あとは私を見習ってしっかり勉強してくださいね。」という、どこか高みから見下ろしたような言い方をしている場合も見受けられますが、斎藤氏に関してはそのような印象をうけません(もちろん私の主観ですが)。
また、かなり平易なコトバで議論が進められていることも、この著者の魅力であるように思います。学問的に厳密な議論をしようとすると、どうしても日常では出てこないような術語を用いざるをえなかったり、日常的な表現であっても特殊な定義をしなくてはいけなかったり、ということが多いでしょう。それはそれで仕方のないことですし、著者もそういった用語法に通じていないはずはないでしょう。
しかし、それでも本書のような一般に流通する書籍においては、いちいちページを戻って定義を確認しなければならないようなタームが頻出するようでは読む意欲もそがれてしまいます。そういった意味で、著者のようになるべく平易な表現で話を進めるというやり方であれば、隙間の時間を使って読む読者であっても理解しやすいのではないでしょうか。
以上のように本書は、英文和訳からの脱出という、英語教員にとってわりと切実なテーマを扱っていること、そのテーマについて具体的な方策が提案されていること、それら個々の方策を有機的に関連づけ、意味づける哲学が示されていること、そして、それらの議論が平易な形で述べられていること等、諸々の点においてひじょうに優れた、質の高い英語教育実践書であると私は感じました。