2001.12.24. 『感じない子ども こころを扱えない大人』 袰岩奈々(著) 集英社 2001年 660円

教育の世界において、「カウンセリング・マインドが大切」というような言葉が聞かれるようになってから久しく、生徒指導において心理学的な発想が取り入れられることの重要性は、既に異論のないところとなっているように思われます。私もそのような状況はわかっているつもりで、学生の頃から「いつかきちんと勉強したいな」、と思ってはいたのですが、「そのうち、そのうち」で、けっきょく手をつけないままになっていました(今でもそうですが)。学生時代には、基本的に「大人」な発想ができる人々としか付き合いがありませんでしたし、意見をぶつけあう時も、人格や感情とは切り離された、比較的純粋な論理のレベルで議論ができていたので、あまり勉強の必要性を感じられなかったのだと思います。

しかし、そのような私も、ひとたび学校教員になってしまうと、生徒のいわば「生の感情」と向き合わねばならない局面を経験することになりました。生徒が自分の思いをぶつけてくる時、その表現法は理性・論理のフィルターを通過しない、より感情そのものに近いものでした(もちろん、とても理性的に話ができる生徒も少なからずいますが)。理性的なやりとりにしか慣れていない私は、ただうろたえるのみで、そのような生徒の感情に適切に対応してあげることができないという事態を何度か経験することになりました。

そのような経験をする中で、教育に対する心理学的な視点に対する関心が急速に高まったのですが、それでもガス欠気味の毎日の中で、また他の関心事に負けたりもして、なかなか勉強するには到りませんでした。そんな時にたまたま書店で本書を見つけました。

まず、タイトルの「こころを扱えない大人」がたいへん気になりました。今述べたような私の抱えている問題をまさに言い当てていたからです。また、新書であり、読むのにたいして労力がいらないだろう、ということもあって購入。そして少しだけ読みかけてみたのですが、これがたいへんおもしろく、少々無理をしてその日のうちに一気に読んでしまいました。今年は思ったように本が読めませんでしたが、私の「今年の1冊」を挙げるなら、間違いなく本書になるでしょう。

さて、内容ですが、本書全体を通じて主張されているのは、「気持ち・感情を大切にしよう」ということです。私たち大人は、日々の生活において様々な感情を抱きますが、いちいちその感情に正面から向き合うことがあまりありません。特に嫌悪感・嫉妬・自己否定感などのネガティブな感情の場合、ほとんど無意識的にそのような感情を理性で抑え、知的に処理してしまうことが多い、と著者は言います。

ところが、子どもは感情をそのように処理する方法を身につけていません。そのため、子どものネガティブな感情に対応するには大人の側に特別の配慮が必要になると本書は言います。つまり、大人流の知的な処理法で子どもと向き合うのではなく、子どもが感じるネガティブな気持ち・感情そのものをしっかりと扱ってやる必要があるとのことです。

しかし、実は世の中が豊かになり、ネガティブな感情を否定的に捉えるようなムードが広まったことなどにより、子どものネガティブな感情を扱うことができない大人が増えてきていると著者は指摘します。

「また、『ネアカ』という言葉(根が明るい。ネクラの反対)が流行ったり、ポジティブ・シンキングという前向き思考が流行ったりしたせいで、ますます“ネガティブな気持ち”、後ろ向きの感情は居場所を失ってしまっている。本当は感じてもおかしくない落ち込み気分や怒り、悲しみ、がっかり感までもが、しっかり扱ってもらうことなく抑えに抑え込まれているのではないだろうか。そして、感情の扱いに慣れていない子どもが、無力感やむかつく気分、イライラ感などの“ネガティブな気持ち”をさまざまな形で表現した場合、周りの大人は「そんなことを人に訴えてはいけない」「そんなふうに感じるほうがおかしい」「間違っている」というような反応をすることになる。・・・これでは、自分なりの感情の扱い方を開発するチャンスもなく、感情を扱う方法も持たないまま、混沌としたもやもや感、イライラ感だけがどこかにくすぶっている状態になっても当然ではないだろうか。」(pp.32-33)

ここで、著者が挙げている次の例について少し考えていただけるでしょうか。

<もし自分の生徒あるいは子どもから、「先生(お母さん・お父さん)、私、みんなから嫌われているのかな」と言われたら、どのように答えるでしょうか。>

著者によると、研修会などで出てくる言葉トップ3は、「どうしてそう思うの?」「そんなことないと思うよ。先生(お母さん・お父さん)はあなたのこと好きよ。」「みんなから嫌われてる、って感じるんだね」だそうです。

これらの言葉についてのコメントはぜひ本書をお読みになって確認していただければ、と思います。ちなみに私が真っ先に思いついた言葉は最後の「嫌われてる、って感じるんだね」だったのですが、コメントを読んで、「あー、見透かされてるなー」と苦笑いしてしまいました。何事も浅薄な理解では逆効果にしかならないということでしょうね。

さて、本書では他にも、感情を扱うことの大切さについての考察がなされており、後半部分では、いかに感情に対処していけばよいか、という1つのトレーニングが紹介されています。上に述べましたように、理屈で話をすることに慣れてしまっている人にとっては、ほんとうに「目からウロコ」の考え方が本書では展開されています。「勉強だけでなく、いろいろな経験をしてきた人物の方が、教員としてはよりふさわしい」と言われる理由の一端が少しわかったようにも思います。


付記:本書を読んだ数日後に受講した初任者研修のテーマが、たまたま「生徒理解」で、講師の先生方が本書とちょうど同じようなことをおっしゃっていました。同研修ではちょっとしたロールプレイなどの演習も行われ、ちょうど本書が強く印象に残っていた私はさっそく実践(?)してみようとがんばってみたのですが、実際にはなかなか難しいものでした。



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