|
仕事帰りの書店で数ページ立ち読みしてすぐにレジへと直行、帰宅して数ページ目を通してすぐに蛍光マーカーと付箋を用意、その後集中すること3時間。一気に読み通した後には、ほとんどどのページにもマーカーが引かれたり付箋が貼り付けられたりしていました。
内容は、タイトルが示すとおりに、塾という職場で仕事をするうえで必要になる基本的な仕事の進め方や生徒に対する指導技術などを教えるというものです。具体事例がひじょうに豊富で、著者の考え方も実にわかりやすく整然と、かつ広範に懇切丁寧に述べられており、「塾」に限らず学校の教員も、いや学校の教員こそ真摯に学ぶべき内容が詰まっています。
たとえば、
「生徒たちはあらゆる面において教師の力を判断するが、『授業構成の下手な教師』『生徒からの鋭い質問にしどろもどろになる教師』は真っ先に信頼を損なう。」(p.20)
「もちろん『質疑応答があったりする授業は、指名されるし怒られたりしそうで嫌だ』という生徒もいるであろう。・・・しかし、賃金をもらって生徒達の学力を向上させようというこの職種に就くからにはやはり、そうした生徒たちの意識すら変えさせる、生徒たちに油断をさせない授業をしなければならない。」(p.32)
といった、「塾教師」の仕事に臨むうえでの心構えから、
「授業における『指示出し』の基本は、a)『見ろ』 b)『聞け』 c)『書け(写せ)』 d)『考えろ』 e)『(演習問題を)やれ』 である。これら指示出しのはっきりしている授業は、たとえ講義調であっても緩急のついた『眠くならない』授業展開となる。」(p.44)
のような具体的な指導技術にまで論は及びます。それらの議論は単なる(悪名高い)「受験指導」の“how
to”などではなく、「他人に物事を教える」ことの根幹は何であるのか、といった原理原則に基づいた骨太の「教師論」となっています。
しかし、だからといって抽象的な「べき」論に終始することはけっしてありません。著者の視点・視線は徹底して現場にあり、大所高所からの理念よりも「現場で何を考え、何をなすべきか」をとても大切に扱っています。
たとえば、「答え合わせはクラス全体で行うべきか、生徒個人で行うべきか」「演習授業における解説はどのようにするとよいか」「授業前にはどのような話をするか」「復習テストの出題方針は」「板書のあり方は」「テスト返却の楽しい方法」「同じ問題プリントを解いていて早く完成してしまった生徒にどのように対処するか」などについて、ひじょうに具体的なアドバイスが示されています。
そして、このような「現場重視」の姿勢は次のような言葉にも色濃く表れています。
「塾教師は『結果として教育者になり得る』場合もあるが、日常においては『サービス業従事者』であり、生徒に『真の学力・実力をつけさせる』よりは、生徒に『得点を取らせる』ことの方が重要なのである。理念を高々と掲げてはいるが定期テストで点数も取らせられない者は、塾の教師としては残念ながら未熟なのである。」(p.106)
「塾は教育に関する議論をする場所ではない。語弊を恐れずに言えば、塾教師は教育者ではない。私立受験を望む生徒・保護者がいる限り、その目標達成のために尽力するのが塾教師の任務である。」(p.118)
このような言い方を嫌う学校教員もいることでしょうが、プロとしては当然の視点です。仕事の本質を見極めたうえで、その仕事における最重要課題を首尾よく達成するための合理的な方途を定めることは、塾であろうが学校であろうが変わらず必要なことです。
このように徹底して現場に基づく議論は、仕事の文脈こそ違うものの、中高生と日々接している学校教員ならば「ストン」と納得のいく部分がたいへん多いことと思います。
また、「完全マニュアル」を謳う本書は、学習指導以外の業務についても具体的なアドバイスを与えます。たとえば「生徒の叱り方」「教室内発言のタブー」「生徒面談における応答の仕方」「情報管理の重要性」「上司・同僚への報告のあり方」など、学校の仕事にも当てはまる話がほとんどで、きわめて実践的な内容となっています。
このように本書は、学校の教員が多忙な中でも時間を割いて読むに値するだけの内容を持つ良書だと思います。徹底した現場感覚、「普通の教員」が十分に理解し扱い得る技術論、極論に走らない良識的バランス感覚など、どれをとっても優れた教師論・教育論になっていると言え、大学の教職課程で学生に読ませても良いくらいのものだとすら私は思いました。
--------------------------------------------------
なお、誤字やぎこちない表現が散見されました。揚げ足とりのようなものですが、特に気になった2つだけ、ここで指摘しておきます。
p.41 「活舌」→「滑舌」
p.126 「体勢」→「大勢」
|