2004.8.9. 『例解 現代英語冠詞事典』 樋口昌幸(著) マイケル・ゴーマン(協力) 大修館書店 2003年 3400円

高校生の時、予備校の先生が『日本人の英語』(マーク・ピーターセン)を紹介してくれて以来、冠詞にはずっと興味がありました。aやtheなどといういかにも簡単な単語なのに、不可思議きわまりないふるまいを見せる冠詞は、悩みの種ではありましたが(試験に出るので)、同時におおいに知的な興味を誘うものでもありました。「なんで海の名前にはtheがつくのに、湖にはつかないの?」と半ば苛立ちながらも、「こんな奇妙な用法にも、きっと一般法則があるはずだ。参考書の著者ですらみつけていないそんな一般法則を自分が見つけてやるんだ」という身の程知らずのチャレンジ精神が湧き上がっていたものです。(思えば、大学で英語を学ぼうと真剣に思ったのはこの辺りからだったのかも…)

大学に入ってから冠詞についての本を見つけては辞典類まで読んだりしていたのですが、どうにも納得のいく説明に出会うことができませんでした。それで学部の卒業論文で冠詞をテーマにしようとしたものの、指導教官に「今どきそんな小さな単位にこだわっていてはいかん。これからはディスコースだよ、ディスコース!」と一蹴されて諦めてしまいました。大学院では一般法則の極みである生成文法に魅せられてしまい、ついぞ冠詞を追究することなく学生を終えてしまいました。

しかし、本書に出会って、ずっとくすぶっていた冠詞についての疑問が氷解していくのを感じました。本書は冠詞の使用規則(条件)を、7つの原理―不定冠詞について6つ、定冠詞について1つ―を設定することで明快に解き明かしていきます。それらの原理がいかなるものか、その詳細はぜひ本書にあたっていただくとして、キーワードだけを取り出すと
〜不定冠詞〜
「意味の有無」
「姿かたちの有無」
「働きの有無」
「限定と非限定」
「抽象概念と個別事例」
「a/an+複数形」
〜定冠詞〜
「同定可能性」
となります。

私は目次を眺めた時点でなんとなく内容の想像がついてしまったような気がしたのですが、その思い込みはまったく素晴らしく裏切られました。

なによりもタイトルに「例解」とあるように、徹底して用例重視。自説に都合の良い用例だけを選んで都合の悪いものは体よく無視するか、せいぜい「例外」と言って逃げを打つようなことを決してしません。1つ1つの解説にいくつもの用例が用意されており、しかも全ての用例に出展が明記されています。一見例外に見えるような用例さえも丁寧に拾い上げ、必ず自説の論理内で説明しきってしまいます。しかも、いかに希少な場合であろうと類例を必ず示し、決して場当たり的なこじつけをしているのではないことをきちんと証明します。余剰(?)の用例はAppendixとして掲載する念の入れようで、徹底して冠詞使用の実態に正対する姿勢を取っています。

この点について著者は「はしがき」で次のように述べています。

「本書の説明法は、記述的であると評されるかもしれない。たしかにそうであるが、筆者としては、『厳密な』記述的・説明的アプローチであると補足したい。この名詞には冠詞がつく場合もつかない場合もあるというような、例文の羅列で終わってはいないからである。本書は、無冠詞用法も冠詞つき用法も意味的、構造的もしくは文体的な必然性から生じるという前提に立つ。この前提なしには、冠詞の本質をかりそめにもとらえることは不可能であろう。本書では統計的処理はいっさい行っていない。意味に違いがあるとき頻度を求めても無意味だからである。」(p.iii)

一般法則を求めるのに、思いつきの規則から演繹的に用例を整理していくのではなく、あくまで言語使用の実態をつぶさに眺め、多くの用例に基づいて推論を重ねていく、というある意味で古典的な手法に、しかし厳格にこだわることで、本書は今まで類書が示しえなかった冠詞の正体を明らかにしているように思われます。

また、英語指導/学習という観点から本書を眺めた場合、著者の次の指摘がひじょうに重要に感じられました。

「本書はAppendixも含め、例文が多すぎるという印象を与えるかもしれない。しかし、実用面を考えれば、外国語の使い方に関しては説明を読むだけでは十分には理解できないし、英語母語話者の書く英文にも誤用が皆無ではないので、多すぎるほどの用例をあげることが必要である。」(p.iv)

中学校でも高校でも、個々の構造を身につけるのに十分な用例が授業や教材の中で提供されているでしょうか。コミュニケーション志向の名のもと、1つの構造に十分慣れ親しむ前に、すぐに応用を求められたり次の構造が導入されたり、という面がないでしょうか。「反復」が言語学習において重要であることは、今も変わりありません。それなのに、1つのページにいくつもの違った種類の英文が詰まっているような教科書では、英語を十分に習得できない生徒が大勢いて不思議ではないでしょう。(そのあたりは、結局指導者にゆだねられてしまっていて、がんばる指導者は多様な活動を通じて生徒を多くの用例に触れさせ、がんばらない指導者は、教科書準拠のワークブックや市販の問題集で終わらせてしまう、ということなのでしょうか。)

話が少しそれましたが、このように本書は英語冠詞を理解するための明快な見取り図を与えてくれるだけでなく、豊富な用例を通じた英語学習という基本的な課題にも思いを至らせてくれるという意味でも、英語の指導者にぜひとも推薦したい一冊です。



なお、本論とは全く関係ありませんが、本書はカバーデザインも良くできていると私は思いました。じゅうぶんに専門書と呼ぶべき内容にもかかわらず、いかにも取っ付きにくそうというわけでもなく、かといって「5分でわかる英語冠詞」のような軽薄なノリでもなく、重厚さとおしゃれさ(?)を兼ね備えたデザインだと思いました。ハリー・ポッターの魔法の本のイメージ、と思ったのは私だけ…?^_^;


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