2002.4.14. 『教えるための英文法』 隈部直光(著) リーベル出版 2002年 2800円

『英語教師心得のすべて』(開拓社)や、『英語授業182場面集』、『英語教師Do's & Dont's』(中教出版)などの著作で、英語教育界ではおなじみの著者による英文法指導の参考書です。本書の目的は、「はしがき」によれば、「英語教師たる者に必要な文法知識を総ざらいしてもらい、さらに、生徒に教える際には、どのような例文を使って、どのような導入法が考えられるかを提示」(pp.iii-iv)することにあります。コンセプトとしては、『教師のためのロイヤル英文法』(旺文社)や『英文法総覧』(開拓社)に近いかもしれません。

その目的ですが、たしかに達成されていると感じました。英文法の各分野にわたって、英語科教員なら知っておきたい項目が網羅されており、また、実際の言語使用の観点から見た場合の留意点などが簡潔にまとめられているので、英語科教員にとっては「傍らに置く」価値のある参考書になっていると思います。

著者が「一番の対象者は、英語教師希望の学生だが、中学・高校の英語教師にも一読してもらえるよう、英文法を教える際の留意点を挙げたつもりである」と述べるように、既に現場で指導に当たっている教員にとっても有益な情報が盛り込まれていますので、一読をおすすめしたい一冊です。

本書の良いところの第一の点は、英語科教員の視点から記述が行われているところでしょう。文法書というと、必ずしも中・高生を指導するのに直接的に必要とは思われない、高度に専門的な知見が盛り込まれていたり、授業を組み立てていくのに都合の良い用例が見つからなかったりする面がありがちです。それは、文法書を書く目的が異なる以上当然のことであり、非難されるようなことではありませんが、「授業」という実際的応用的関心を持つ者にとっては、やはり本書のような文献の存在はたいへんありがたいものです。

本書では、「授業の中で一言説明を入れるとすれば、こんなことを教えておいてやりたい」という教育的関心に合致した項目や説明が重点的に取り上げられており、教師用の参考書として使い勝手が良いように思われます。用例も、比較的平易なものが多く、語彙さえ配慮してやれば、中程度の学力を持つ高校生には充分理解されるであろうと思われます。

また、実際の言語使用という観点から指導上の留意点を探る姿勢が強く見えることも、「教える」観点からは参考になるところが大きいように思います。たとえば、「there is...構文」についての次のような説明は、有機的な文法指導を心がける教員にとってはたいへん有用な情報であるでしょう。

「There構文に続く文は、There構文の主語になっている名詞に関する叙述・説明をする。従って、he, she, it, theyなどの人称代名詞で始まることが多い。この2番目の文のほうが、話者(または書き手)が伝えたい情報を提供しているのであって、There is(など)〜の文は相手の注意を喚起する働きをしているのに過ぎないことが多い。」(p.6)

このような情報が得られることで、練習問題や言語活動を構成する方向性を見定めることが容易になるものと思われます。(本書後半にはこの種の情報が少なく、やや「通り一遍」の印象は否めませんでしたが)

さらに、H.E.Palmer式のConventional Conversationに代表される「学習活動」を重視する立場から述べられる、実際の指導の方向付けにも著者独自の哲学が反映されており、文法指導を考える上でも参考になる部分が少なくありません。「言語活動」と対置する意味での「学習活動」について、改めて考えさせられました。

このように、「教えるための英文法」というタイトルが示唆するように、英語指導にあたる者が職業上の常識として身につけておきたい英文法知識を総復習しておくにはよく適した参考書であると思いました。

さて、その一方で、気になった点も(毎度のごとく)ありますので、以下に述べておきます。

本書では、一貫して「書き換え」を批判する立場が取られています。書き換えた文どうしが、必ずしも同じ意味を表すとはいえないから、というのがその理由です。この議論自体は以前から見られるものであり、立場の違いこそあれ大方の理解を得ている考え方であると思われます。しかし、そのような立場を取りながら、本書第9章「関係詞」においては、次のように述べられています。

「関係代名詞が導く節の働き、節の中での関係代名詞の働きを理解させるには、以下に掲げる2文を1文にする練習問題がよいだろうというのが本書の見解である。」(p.161)

この議論は、私にはまったく理解できないものです。「書き換え」と「2文結合」の間に、いったいいかなる違いがあるといえるのでしょうか。単文を2つ並置するのと、関係詞を用いた複文構造の1文を用いるのでは、情報の構成の仕方が異なるわけですから、実質的に「書き換え」と同じような問題をはらむと考えられます。それは、たとえば次のような例からも明らかです。

a. Do you know the girl who came from Canada two years ago?
b. Do you know the girl? She came from Canada two years ago.

a文では1文全てが質問文となっている(「?」がついている)のに対して、b文は第1文のみが質問文です。つまり、a文では「2年前にカナダからやってきた女の子」を知ってるかどうかを尋ねているのに対して、b文では、まず「ある特定の女の子」について知っているかどうかのみを尋ねておいて、しかる後に「その女の子は2年前にカナダからやってきた」という新たな情報を聞き手に提供するという違いがあります。この違いがけっして小さなものでないことは充分に明らかであると私は思います。

また、文法指導について述べられている部分において、次のように著者は主張します。

「基本的には、英文法指導は、英語を聞いたり、話したり、読んだり、書いたりする際の支障を取り去り、スムーズに聞き、話し、読み、書く言語活動を推進するのに役立つものでなければならない。」(p.310)

私は、自分自身の問題意識とも合致するということからも、このような考え方には、大いに賛成するのですが、この主張がなされている次のページに、まるで正反対の立場を取るような、次のような言葉が現れます。

「もしspeakerが言おうとしている情報をできる限り正確に受け取る言語活動として『聞き取り』を指導しようとするなら、文法は余計なものとなる可能性が大である。」(pp.311-312)

このことと関連してさらに意地悪く言うならば、本書の「文法」は、従来の項目羅列主義と大差なく、「言語活動を推進するのに役立つ」ものであるかどうかすら、たいへん疑わしいものに思えなくもありません。必ずしも授業で扱うべきとは思われない項目もかなり含まれているように思われますし、「教えるための英文法」というよりは、「質問に答えるための英文法」と呼んだ方が適切ではないか、などと、やや辛口のコメントを付けたくもなります。

これらのような論理矛盾があると、私としては、著者の「文法観」に疑いを持たざるを得ません。「文法観」などというと、実際的な指導とは無縁の、「高尚な」「アカデミックな」話のように思われるかもしれませんが、私はその「文法観」こそ、文法指導を構想するうえでたいへん重要な意味を持つと考えていますので、この問題は容易に看過できるものではない思いました。

全般的には、前半に述べましたように、英語科教員の参考書として有用な文献であるといえますので、このような問題点が残されていることにはたいへん残念な思いを抱きました。

なお、最後に論じた「文法観」についてですが、この問題を、本記事との「連動記事」という形で「英語教育」のコーナーに掲載する予定をしています。私自身、たいへん関心を持っている分野ですので、本書評と合わせて、議論をより深めることができれば、と考えています。

追記:なお、ほとんど揚げ足取りですが、「『句』(Phrase)という術語は、実用的な文法書では普通に用いられているが、科学的といわれる文法家はほとんど用いていない。」(p.65)という記述がありますが、英語学事典などでも厳密な定義がなされていますので、これは誤った見方ではないかと思います。



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