2005.10.24. 『英語教員のための授業活動とその分析』 大喜多喜夫(著) 昭和堂(刊) 2004年 2940円
| 「研究会で他校の先生から授業のアイデアをもらってきた。よくできた活動だし、自分の授業で試してみても生徒の反応は悪くなかった。けれども、単発で終わってしまって、けっきょく次の時間からはまたいつもどおりの授業に戻ってしまった。その活動自体は良いように思えるのだけど、そこからどう発展させていけばよいかわからない。」 「どうも最近自分の授業がマンネリ気味だ。自分なりには『生徒にこんな力をつけたい』という目的意識ははっきりしているつもりなのだけど、どうも効果が実感できない。ひょっとすると指導のポイントがずれているのかもしれないけど、どうすればよいかわからない。」 ワークショップや研究会などで熱心に勉強すればするほどこのような問題に行き当たるという経験はないでしょうか。私自身は何度となく上のような問題にぶつかっており、解決せぬまま仕方なく日々の授業に向かうことが少なくありません。ある時はそれこそ週末ごとにワークショップに足を運び、実践事例集などを読み漁って自分の授業に適用できる「ワザ」を探します。またある時は「まあ、授業が崩壊しているわけでもないし、当面は今のままでいいか」と逃げてしまいます。 しかし、いずれにせよ自分の現状に満たされぬものを感じながら悶々とした状態が続くことが少なくありません(もっとも、悶々とした感覚が上のように言葉として表現できるということは、ほとんど解決に近づいているということなので「何かうまくいかない、気持ちよくない。でも何が問題なのかわからない」状態というのが、より正確な表現かもしれません)。 そのような問題を抱える英語指導者は、本書に当たると問題解決の糸口が得られるかもしれません。 本書は英語授業における各種の活動について原理的な観点から整理を試みるものです。「原理的」「整理」などというと、「どうせ研究者のための机上の空論でしょ」と思われるかもしれませんが、私たち実践者がぶつかる問題には、実は原理的に考え物事をよく整理することで解決法がおのずから見えてくるものが少なくありません。 本書全体の構成は次のようなものです。 (1)英語授業における指導領域を4技能+発音・語彙の6つのカテゴリーに分類する (2)それぞれの領域において、現時点での広く共通理解を得ている基本的な発想を整理する (3)個別の活動を整理するための視点を提示する (4)視点にそって具体的な活動例を提示し、その性格を解説する たとえばスピーキングに関しては、いわゆるパターン・プラクティスと呼ばれる次のような指導者−学習者間のやりとりがあります。 T: Class, repeat. “Give me a pen.” S: “Give me a pen.” T: “A watch.” S: “Give me a watch.” T: “A sheet of paper.” S: “Give me a sheet of paper.” これはこれで一つの独立した活動ですから、このような口頭練習が自分の担当クラスのスピーキング力向上に役立つと判断すれば、これを授業に取り入れればよいわけです。しかし、いつまでもこの活動ばかりでは進展がありません。学習者が成長するに従って、活動をより発展させていく必要が生じてきます。 しかし、かりに教員がこの手法しか知らないとしたら、次のステップをどうすべきか迷うことでしょう。この活動をどのように発展させていけば実践的なスピーキング力を養成することに寄与できるのか、そこに問題が生じます。 本書ではまずこの活動の位置づけを明確にします。本書はこれを「文型指向型」の活動のうち「機械的な練習」の一種である「代入型」の性格を持つものと分析します。そして、次の段階を(文型指向型+機械的な練習+)「累積型」→「転換型」と設定します。また、(文型指向型+)「機械的な練習」の次の段階を(文型指向型+)「意味理解をともなう練習」と設定し、さらに「文型指向型」の次の段階を「コミュニケーション型の練習」と設定します。 このように重層的な枠組みで授業活動を分析することで、結果としてさまざまな活動がスモール・ステップで分類されていくことになります。そうすると、たとえば上のようなパターン・プラクティスに飽き足らなくなってきた学習者により負荷をかけていくには、次にどのような活動を用意すればよいのかが見えてくるわけです。 また逆に、研修会などで紹介された活動が自分の担当クラスには難しすぎる場合にも、どの要素に手を加えれば易化することができるのかを考えるガイドラインになることでしょう。 本書では実にさまざまなパターンの活動が紹介されていますが、それは単なる「実践事例集」ではありません。ひじょうに大雑把に言って「機械的な練習」→「自由度の高いコミュニケーション」という一つの連続体の中で、個々の活動がどのような位置づけを持つものかが明確にされています。このことにより、ある活動を成立させるためには何ができていなければならないか、またその活動が成立した後にはどこにつなげていけばよいのか、という指導の系統性が自然と見えてくる構成になっており、実践的でありつつ、かつ理論的でもある記述になっているといえます。 また本書では、頻繁ではないものの、指導上のコツ(tips)が具体的に示されていることも現場の教員にとってはありがたい特長です。たとえばライティングにおけるpeer-feedbackに関して、「アドバイスは口頭でなく書いて与えます」と述べられています。 現場を持つ指導者であればピンとくるものがあるのではないでしょうか。このように具体的なレベルで語られているのは、言うまでもなく実践者にとって役立つことです。本書は書名がけっこうアカデミックな雰囲気を漂わせているために現場の教員には抵抗があるかもしれませんが、アカデミックであるからこそ実践的でもありうるという好例だと思います。 このようなわけで、本書は英語授業に関する概説書としては、最近出版されたものの中では群を抜いて質が高い文献です。 私自身は教育学部出身ですので、学部時代に英語教育の方法論として本書で扱われているような内容を学んだ経験があります。しかし、だからといってそれが私の中にきちんと定着していたかといえば、全然そんなことはありませんでした。本書を読みながら、「そういえばこんなこと大学で教わったよなあ…。そのままずばりじゃないか…。忘れてたなあ…」と何度も思ったものです。 自分のことを勝手に一般化するのはよいことではないでしょうが、教育学部で英語教育を専攻して専修免許までもらっていても、結局はそんなものなのだと思います。現場に飛び出してしまうと目の前の状況に圧倒され、どうしても断片的な活動事例に振り回され、新しい「ネタ」を求めて○○セミナーを渡り歩くか、早々に諦めて我流で自己満足してしまうか、といったことになってしまうのかもしれません。 しかし、本書で示されるような根本的・原理的な考え方(=教養)がしっかりと身に着いてさえいれば、他人の実践も自分自身の実践も正確に分析して見ることができるようになり、授業力を継続的に向上させていくことができるように思います。 そういうわけで、教員志望の学部生などには教育実習に向かう前にぜひとも本書を熟読しておいてほしいと思いますし、現職の教員も「そんなことわかってるよ」と言わずに落ち着いて自分の授業を分析するために、一度は目を通しておくべき必読の文献です。 なお、本書の瑕疵ではないのですが、次のようなことはいちおう念頭においておくべきかと思われます。 本書は良い意味できわめて正統派、きわめてオーソドックスな英語授業論を提供しているのですが、正統派ゆえに最近のトレンドをうまくカヴァーしているとは言えません。本書が扱っているのは現在の英語教育界でスタンダードとなっている考え方であり、すなわちだいたい1980年代から1990年代にかけて定まってきた理論だといえます。 そうすると、手法も評価も定まっていない現在の最先端は本書がカヴァーする範囲からははずれてしまいます。 たとえば “learner autonomy” や “cooperative learning” などは現在そして近未来の英語教育を語るうえでは外せないキー・コンセプトだろうと思います。しかし本書では「学習者中心」という言葉が幾度か登場するものの、その内実についてはほとんど掘り下げられていません。 また、ビジネス英語でよく取り入れられている通訳訓練法などをベースにした「トレーニング」は、機械的ながら技能複合的で実践的な学習法として広く受け入れられつつありますが、本書ではほとんど扱われていません。さらに、絶対評価の導入で注目の集まっているskill-orientedな授業についても記述が十分とはいえません。 これらのような「最先端」については別のリソースから学んでいかねばならないでしょう。 しかし、繰り返しますがそれは本書の欠点ではありません。本書から学ぶべき最も重要なことは、現時点でスタンダードとされている英語指導の原理であり、その原理に基づいた指導の実際です。英語教育メディアを飛び交うひじょうに断片的な「ワザ」や「ネタ」に振り回されないためにも、ゆるぎない原理を示してくれる本書の存在はひじょうに貴重です。 |