2000.6.13. 『子どもの社会力』 門脇厚司 岩波書店 1999年 660円
実にわかりやすく、おもしろい本です。著者の主張は全体を通じてしつこく反復されており、議論の要点を見失うことがありません。また特に前半においては、学術的な研究成果に基づく具体的な話が「これでもか」と提示されるので、ひとつひとつ納得しながら読み進めることができます。おススメです。
さて、本書は、近年子ども(青年期まで含む)の「社会力」が著しく低下している現象を取り上げ、その原因やメカニズムを考察し、考え得る改善策の提案を行っています。本書において著者は、一般的によく用いられる「社会性」という用語と特に区別して「社会力」なる用語を用いています。
「では、本書でいう『社会力』とは何か。端的に言えば、社会を作り、作った社会を運営しつつ、その社会を絶えず作り変えていくために必要な資質や能力ということである。」(p.61)
「本書でいう社会力は、社会のある状態のことをいうのではなく、もっと主体的に、好ましい社会を構想し、作り、運営し、改革していく意図と能力と、そのための日常的な活動を含めた意味で用いることにしたい。」(p.63)
つまり、既存の社会に適応するだけではなく、さらにそれを良いものにしていく働きまでを含めた概念であるということです。そして著者は、このように定義した社会力が欠けているのは子どもだけではない、大人もそうなのだ、と言います。そして、大人に社会力が欠けているからこそ子どもにもそれが欠けるのだ、とも言います。
では、その社会力を取り戻すためには何をしなければならないか。著者は、それは「相互行為」(interaction)であると言います。
「相互行為とは、相互行為する両者の頭の中で、互いに、行為がなされる状況とか相手の立場とか思惑とか、自分の利害や心積もりなど、いろいろなことを思い巡らしながら、しかも相手の行為(出方)に互いに影響され、かつ相手に影響を与えながらなされる行為の交換なのである。」(p.40)
そして、人間の子どもには、このような相互行為を行うための高い能力が生得的に備わっており、その生得的能力を駆使して環境や他の人間と相互行為を行うことで「社会力」を身につけていくと著者は主張します。
しかし著者は、経済構造の変化や家庭のあり方の変容によって、子どもが本来必要なだけの相互行為を行えていない現状があると指摘します。相互行為、それも多様な相互行為が保証されない限り子どもの社会力は回復しないわけであり、「危機」とも称される現在の状況は単に学校教育や親の問題を指摘するだけでは改善しないというのが著者の主張です。
それでは、どうすれば多様な相互行為を得ることができるのかについて、著者は「地域社会」の力を挙げています。地域の重要性は各所において指摘されることですが、著者は、ただイベントを開催するだけ以上の教育力があることを強調しています。
「この時期の子どもたちにとっても、彼らの社会力を育むもっとも重要な場は地域社会である。なぜか。理由は二つある。一つめの理由は、地域は子どもたちにとっての全生活領域だからである。…空間としての多様さは学校の比ではない。…二つめの理由は、地域社会には多彩な人々が住んでいるからである。」(p.175-176)
つまり、多様な相互行為を子どもに保証できることこそ地域社会の教育力であるというのです。地域社会による教育の具体例としては、岩手県千厩小梨地区での体系的・継続的な取り組みや、東京都世田谷区での「冒険遊び場」設置などが挙げられています。
このように著者は、地域社会の教育力を活用して子どもが多様な相互行為を経験し、そこから社会力が育っていく、という1つの考え方を示しているわけです。
さて、本筋の主張とは少し違ったところで私がおもしろいと思ったのは、著者が、現代の都市はいたるところが目的をもって建造されており、それが子どもの存在場所を制限していると指摘していることです。「酒鬼薔薇」事件の時に宮台真司氏も指摘したように、子どもには「無目的・無意味」な場所こそが必要であるという主張も聞かれることを考えると、子どものために良かれと思って大人が「計画」することこそ、子どもにとってはとんだ迷惑になることが、実はかなりあるのではないか、と感じました。
また、著者の
「学習とは本来もっと主体的なものであるべきだという考え…学習と言うものは、個人で行うのであれ、何人かでまとまってやるのであれ、暇つぶしにやるとか自己満足でやるというのではなく、個人の切実な欲求や、日常生活で抱えているさまざまな問題や、地域で実現すべき課題にはっきり“答えを出す”ことを目指してやるべきだということである。」(p.183)
というような主張は、現在の教育改革の1つの方向性(具体的には「総合的な学習の時間」)とも、ある意味で類似したものであると考えられます。諸々の問題は、やはりどこかで相互に関連しているのかもしれないと感じます。
最後に、著者のメッセージを。
「成長の過程にある後続世代に対する大人の責任とは、何よりもまず、彼らの言動に対してまっとうに応答することであるといえる。先行世代としての大人が後続世代に対して適切な応答をし続けることによって、彼らの社会力が培われたくましく育っていくのである。」(p.167)