2005.10.24. 『英語の「授業力」を高めるために』 高梨庸雄(編著) 三省堂(刊) 2005年 2100円
| 最近の英語教育界においては、教員の「授業力」が1つのキーワードになっています。言うまでもなく単一の能力ではありえないこの「授業力」を高めるにはどうすればよいのか、本書は授業分析の見地からいくつかの具体的な方策を提示します。 全9章のうち、第1章〜第7章では指導過程、指導者、学習者、4技能、評価と視点を変えつつ、授業のよくある場面を取り上げます。そして、なぜその指導が良いのか、あるいはさらに良いものにするにはどうすればよいのかを明快に提言します。第8章と第9章では、授業研究や教員の自己研修といった「授業力」向上の方法論が説かれます。 視点をある程度絞っているとはいえ、授業場面の実例は小学校・中学校・高等学校全てから取り上げていますし、現場に関わることはなるべくまんべんなく論じようという構成ですので、一つ一つの項目についての記述にはあまり厚みはありません。しかし、取り上げられているポイントを見ると「さすが、よくわかっている」と思わずうなずくことが少なくありませんでした。 典型的な例としては、たとえば高校における読解前活動についての次のようなコメントが挙げられます。 「高校の授業では生徒が受動的な場合が多いので、教師はなんとか生徒をQ&Aに参加させようと張り切るあまり、ますます教師主導になるという皮肉な悪循環に陥る。」(p.54)何の工夫もなく単に訳読をするような授業が問題外であるのは明らかであり、本書ではそのような授業は最初から議論の対象とはしていません。そうではなくて、良心的な教員がなんとかがんばって授業を改善していこうと奮闘する中で行き当たりそうな「壁」に焦点が当てられています。良い意味で読者層を明確にしているとも言え、本書のようなリソースを活用して「授業力」向上を図る教員は、授業を作る際の「考えるヒント」が随所にちりばめられていることに気がつくでしょう また、原理的な視点からの記述が多く見られることも、読者が自分で考えて「授業力」向上を図るうえで不可欠なことだと思います。たとえば次のような例が挙げられます。 「学習者の視点からすれば『誤答』はないのだ、という考え方もある。生徒なりに『正しいと思って答えたのだ』というわけである。」(p.2)これらは即効性のある「ワザ」ではありませんが、中長期的により良い授業を作っていこうとするためには欠かせない視点であり、教員が授業を構想していくうえで拠りどころとなる考え方といえます。 私が特に興味を抱いたのは、学習する言語材料を学習者が自分自身に引き付けて理解・使用する “personalize” という発想、あるいは「発問の技法」の一種として挙げられている “student-based utterances” というものでした。 検定教科書を順序どおりに「こなして」いく授業にどこか満たされないものを感じている教員は少なくないのではないでしょうか。生徒にしても、教材に面白みを感じられなくても「どうせ教科書だから」と割り切っておとなしく取り組むか、あるいは取り組む意欲を完全に失ってしまうか、といった状態になっていることが多いように思われます。 学校の授業とはいえ語学ですから、機械的な反復練習や暗記の作業、文法の知的理解などは避けては通れません。また、いくら「実践的コミュニケーション」といったところで教室環境での学習がいつもいつも自然なコミュニケーション場面を提供できるわけはなく、多くの場合「ごっこ遊び」の要素は含まれざるを得ません。 しかし、教材表面の言語的な部分ばかりの指導では生徒が英語を自分自身の言葉として使うレベルにはなかなか到達できないようだということも、学校英語教育の歴史からある程度見えてきているようにも思われます。本書が「教材の登場人物になったつもりで英語を使うのではなく、自分自身のことを精一杯英語で伝える経験は貴重である」(p.43)と指摘するように、やはり生徒が自分自身と深く関わるような形で英語を使う機会を提供することは、英語学習を促進させるためにも重要なことではないでしょうか。 本書ではこのことについて授業内活動という観点から論じられていますが、現実に授業を作るプロセスを考えれば、当然のことながら教材研究の段階でどれほど教材を深く分析し生徒のself-involvementが高まるような活動を用意することができるか、という部分でほぼ全てが決まります。 そういった意味では、欲を言えば教材研究の手法、つまり教材をどのような観点から分析すればその教材を効果的にpersonalizeすることができるのか、といった整理をしてほしかったところです。英語教員の「授業力」を語るうえで「教材研究力」は絶対に外してはならない、かなり根源的な技能だと私は思っているのですが、この観点からの議論がなかったことは少々残念に感じられます。 しかし、結論を言えば本書は大切なことが簡潔に整理されている良書です。簡潔であるがゆえにさまざまな視点が随所にちりばめられており、ある読者がさらっと読み流した記述であっても他の読者にとっては「あっ」と目からウロコの気づきが与えられるということが頻繁に起こるのではないかと思われます。 現場に出て1〜2年、大学で学んだことを忠実に実践しようとがんばってはいるものの、いまひとつ手ごたえが感じられない若手教員や、ベテランでも日頃から良心的に仕事に取り組んでいる人であれば、いろいろと考えるきっかけが与えられるのではないでしょうか。 |