2005.1.21. 『和訳先渡し授業の試み』 金谷憲・高知県高校授業研究プロジェクトチーム(著) 三省堂 2004年 1800円


2001年の全英連高知大会で発表され反響を呼んだ「和訳先渡し授業」について、同大会での提案を基礎にその後の研究成果を含めて、理論の解説と実践的提案が包括的にまとめられています。この授業方式に関してはこれまでに随所で肯定・否定の両面から議論がなされており、今さら私が新しく何かを論じるほどのこともない状況です。しかし、この方式自体の是非はともかく、この方式を生み出すに到った著者たちの「発想」は多くの英語指導者に訴えかけるものがあると思いました。

私を含め多くの英語指導者は無意識のうちに先入観あるいは既成概念に縛られていることが多いように思います。「指導者が文法説明をしなければ生徒は文法が理解できない」「授業は50分を単位に構成されるものである」「英語を身につけるには予習が大切である」などなど。このように改めて文字化すると、「いや、そんなこともないんじゃない?」とも思えるのですが、ふだんはなぜかそのような前提で授業を組み立てているという指導者は少なくないのではないでしょうか。

そういった既成概念の一つに、「英文を読み、理解する力は、辞書を片手に一つ一つの英文と正面から向き合って格闘することによってのみ育成される」というものがないでしょうか。初見の英文を自力で解析し、「このような構造で、このような意味だ」という「仮説」を立て、授業で指導者の解説を聞くことでその仮説を「検証」する、という「仮説→検証」のプロセスによってこそリーディング力が鍛えられる、という考え方です。

実は私自身も直感のレベルではこのような考え方に納得しています。というのは、私自身が高校時代にはこのような学習をひたすら繰り返しており、伊藤和夫さんの『英文解釈教室』のようなゴリゴリの「理屈で納得する英文解釈」に魅せられていたという経験があるからです。

しかし、この直感は果たして正しいのでしょうか。

「それは違う」というのが著者たちの出発点です。
本当に英語の1文1文と格闘することが英語(リーディング)力向上の唯一あるいは最短の道なのか。そう思うのは単なる思い込み、直感の誤謬ではないのか。本書はそういった指導者の根本的な発想を疑うことを教えてくれます。

まず本書で論じられる授業方式は「和訳先渡し」というネーミングがなされています。私自身はこのネーミングがかなりの誤解を生んでいるのではないかと思うのですが、著者たちはそれを承知の上であえてこういった呼称を用いているようですので、ここでは問題にしないことにします。

この方式の眼目は「英語の文章の意味を理解するという時間を短縮して、そのことによって浮いた時間を、反復しての読み直しなど、定着のための活動に当てたい」(p.21)という点にあります。英文を「解読」し日本語に置き換える、という作業だけで授業が構成されていると、日本語での理解は達成されるものの、触れた英語を定着させ、使うレベルまで踏み込むには時間が足りないという問題があるのだと著者たちは指摘します。

「解読」と「和訳」だけでは時間がなくなる。そこで、「解読・和訳」の労力を削減するために和訳を先に配ってしまって、ひとまず英文に何が書いてあるかを理解するところまでは早々に済ませてしまう。その上で、意味のわかった英文を「取り込む」「使う」活動を豊富に行うことで英語力向上を目指そう、というのが本書の試みです。

授業の実際についてはぜひ本書をご覧いただきたいのですが、和訳を授業の最初に配ってしまうという点が最も人目を引く特徴でしょう。上に述べたような「仮説→検証」型の訳読方式で授業を構成している場合、和訳を先に配ってしまっては授業が成り立ちません。「そんなやり方で生徒に力がつくはずがない」という反論が帰ってくることでしょう。自力で文法解析を試みて、その結果を和訳として表現することが学習の要点であるとするならば、そのような反論は当然でしょう。

しかし、もし「仮説→検証」でなくても英語力が伸びるとしたらどうでしょうか。「仮説→検証」が単なる思い込みであって、実は最初から和訳を参照する形で指導が行われても同じように英語力が育成されるのだとしたら・・・。著者たちが試みたのは、まさにそのような根本的な発想の転換なのです。

もちろん、今まで構造解析や語彙の説明にたっぷりと使っていた時間をばっさりと削り落とし、和訳を先に配ってしまうだけで生徒の英語力が高まるというような主張がなされているわけではありません。本書を読む限り著者たちの力点は、和訳を先に渡すことよりも、和訳を渡すことで「解読」にかかる時間を節約し、英語を「取り込み」また「使う」活動を豊富に用意することにあるといえます。このことは、次のコメントにも端的に表れています。

「もっと勉強させるために和訳先渡しを行うのに、「生徒を甘やかす」という誤解をする人がいるのは、そうした人たちが英語の授業の最終目標が「和訳すること」であるという前提に立つからなのである。和訳を先渡しする我々の目的は、そのことで理解にかけなければならない時間を浮かせて、理解した英語を頭の中に取り込む作業、使う作業を多くするということである。もっと、英語の勉強をたくさんさせるための方便である、ということを銘記してほしい。和訳を渡すことが甘やかしなのではなく、訳を最終ゴールにしておくことが逆に「甘やかし」なのである。」(p.24)

つまり、和訳することはあくまで英語学習のプロセスの一部であり、そこで止まっていては英語力の向上はなかなか期待できない。和訳の上に、さまざまな形で英語と接する学習機会を豊富に与えることこそが英語力向上につながる、ということでしょう。この考え方こそ本書が提唱する「和訳先渡し方式」の要諦であり、賛成するにしても反対するにしても、この点を外してはまともな議論になりません。

しかし、そうはいっても今の指導者の世代は訳読べったりの授業方式で学習してきた人がほとんどでしょう。そうすると、たしかに理屈はわかるけど、じゃあ和訳を先に渡してしまって、その後どんな授業を展開すればよいのか皆目見当がつかない、という反応があるかもしれません。この点は、実は著者たちもまったく同じであったことが本書の記述からうかがえます。たとえば

「和訳先渡し授業はタスクで決まる。これは、これまでの研究を通じたプロジェクト・チームの最大の問題意識である。テキストの性質と自然にマッチし、さらに生徒を同じテキストを飽きずに何度も繰り返し読ませるようなタスクを、3日分の授業に仕組まなければならない。」(p.66)
と、「和訳後」のタスクの重要性が再三強調されていたり、
「このようなタスクは、一見簡単なように見えて、実際に開発するまでは結構時間がかかっている。それは、タスクの複雑さや英文の難易度というよりも、我々自身がリーディングのタスクに対して持っているイメージが邪魔をしたように思う。どうしても、日本語で内容を確認させようとしてしまうのである。」(p.68)

のように著者たち自身が発想の転換に苦しんだ経緯が正直に述べられたりしています。著者たちでさえ「和訳先渡し」の授業づくりには苦心したということだと思います。ただ、「慣れてしまえば比較的容易にできる」(p.68)とも述べられており、じっさい本書ではかなり具体的な授業展開例が示されています。なんにせよ、とにかく一度二度は見よう見まねでトライしてみることが大切なのでしょう。

このように、本書が(学校)英語教育界に対して投げかける問いは、けっして和訳を渡すか渡さないかといった手法の問題だけではありません。そういった手法の問題はむしろ瑣末なことであり、より大切なことは英語教育の関係者が与えられた枠組みの中でどれだけ既成概念を捨て、「英語力向上」という目標を達成するのに合理的・効果的な手段を選べるか、あるいはそのような新たな可能性にどれだけ果敢に挑戦できるか、ということなのではないでしょうか。 そういった「発想」という観点から見ると、本書は特に現場の英語指導者に対してひじょうに意義深い問題提起をする文献であるといえます。

和訳先渡し方式反対論者も、「既成概念に縛られず、目標達成の方途を合理的に探る」という、指導者としての発想の根幹を見直すために読んでみる価値があると思います。

なお、本書について気になった点を挙げるとすれば、著者たちが自分たちの手法に酔ってしまっているような印象を与える箇所があることです。たとえば、和訳先渡しが唯一絶対の授業方式ではなく、選択肢の一つとして考えるべきだという妥当な主張がなされている一方で、「もう、和訳を先に配らない授業方法は考えられません」(p.77)というコメントも紹介されています。また、この方式のメリットとして「英文と日本文の構造を比較しながら読むことができる」(p.102)という項目が挙げられていますが、これこそは従来の訳読式に軍配が上がる項目ではないでしょうか。著者たちが和訳先渡し方式をやや過大評価しているようにも思えますが、まだこれから長期的な検証が必要でしょう。

とはいえ、少なくとも著者たちの学校においては反対論者が強調するほどに悪い結果が出ていないようですし、何より生徒たちがこの授業方式を受け入れているという事実があります。英語のような技能指導においては、理念も大切ですが「生徒の事実」こそ大いに重視されるべきものだと思います。その意味ではこの方式は、「劇的な英語授業改善策」ではないかもしれませんが、充分に価値のある実践であるといえるでしょう。

なお、和訳先渡し方式については、日本英語検定協会(刊)『STEP英語情報』2004年9・10月号に、「進化する和訳先渡し授業−2001全英連、それから…」と題した特集記事が組まれています。要点を理解するのに適した特集だと思いますので、まだご覧になっていない方は参考にされてはいかがでしょうか。


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