2008.1.24. 「トピック・センテンス」とは何か
|
大学入試を考える学力層の高校生を教える場合、リーディングでもライティングでも必ず扱うのが「パラグラフ」という単位です。「1パラグラフ・1トピックが原則」などということが、どの教科書や参考書にも書かれています。そして、パラグラフを扱う際に必ず問題となるのが、パラグラフ内部の構造です。単に、「インデントから次のインデントまでがパラグラフですよ」などと言って済ませてしまうことは皆無で、「これこれこういった構造を持っているのですよ」という解説が必ずなされます。 (1)『標識に従えば英語はスッキリ読める』次に、ライティングの教材から。 (4) Skills for Better Writing明確に「トピック・センテンス」という用語を使っていない教材もありますが、内容を読む限り、意図するところは同じと考えて差し支えないと思います。 さて、それぞれtopic sentenceに関する記述に割ける分量に制限がありますから、編著者の意が尽くされていない部分もあるでしょうが、これらの記述を見る限り、「トピック・センテンス(topic sentence)」と呼ばれるものに負わせている役割が必ずしも一様ではないことがわかります。 (1) 「トピック」とは「筆者が何について論じようとしているか」などは、単に「何について述べるか」を示すものが「トピック・センテンス」である、という立場です。 これに対し、 (2) 「それぞれのパラグラフ(Paragraph)には中心となる考え方(Main Ideas)があり、通常は各パラグラフの最初か2番目の文においてそれが述べられています。この文が、パラグラフにおいて最も重要な部分であり、大切な情報を含んでいます。」においては、単に「何について述べるか」を超えて、そのパラグラフで最も言いたいこと、つまり筆者の主張までをも含むものが「トピック・センテンス」であるという立場です。 また、「トピック・センテンス」の現れる位置に関しても記述は分かれます。 (4) 「本体の一番最初にそのパラグラフの要点を書く、というのが一般的なやり方です。」のように、「トピック・センテンスはパラグラフの冒頭」と言うものもあれば、 (3) 「普通はパラグラフの最初か最後に置かれる…パラグラフのMain Ideaや要点を表している主題文は、パラグラフの最初に来ることが多いのですが、パラグラフの中ほどやパラグラフのの終わりに来ることもあります。」のように、他の位置を認めるものもあります。また、 (9) 「パラグラフのmain ideaを述べるトピックセンテンスは、英語では実に85〜90%がパラグラフの最初に来るといわれる。ただし、パラグラフの中間に来る場合や末尾に来る場合もあるが、それは効果を狙ったものである。」のように、他の位置を認めながらも、基本は冒頭位置であるというまとめ方をするものもあります。 もちろん、これらの記述の違いが編著者たちの意見の違いであるとは言い切れません。リーディングの教材では、さまざまなジャンルの文章を受動的に読むので、あまり強い規則を出してしまうと、それに当てはまらない例がたくさん出てきてしまう不都合がありますので、間口の広い説明の方が適しているでしょう。逆にライティングの教材では、未熟な書き手を導くために、ある程度までは強い規則で縛っておいた方が、書き手にとっても明確な方針が得られてやりやすいという面があるでしょう。 また、それぞれの教材が対象としているのが、意見文なのか、説明文なのか、物語文なのか、という、扱う文章のジャンルにも左右される面があるでしょう。 ただ、これらの引用を見る限り、「トピック・センテンス」という用語は、日本の英語教室では、それぞれに異なった意味を担って用いられている実態が見えてはこないでしょうか。そして、用語の担う意味の違いが、英語授業で「トピック・センテンス」について指導する際の混乱を引き起こす原因となっているのではないでしょうか。 たとえば、検定教科書の本文を引用してみます。 Voyager Reading Course(第一学習社)よりこのパラグラフにおける第1文は、パラグラフ全体のトピック(「コミュニケーションの速さと様式」)を導入しつつ、そのトピックに対するまとめ・結論「技術の発達にともなって大きく変化してきた」も同時に述べています。これを「トピック・センテンス」と呼ぶならば、上の(2)や(7)が述べるように、トピックの導入と筆者の主張の両方を含んでいるということで、このパラグラフにとって最も重要な情報を担う文であると言ってもよいかと思います。 しかし、次はどうでしょう。 Lesson 5 Nanotechnology第1文は、たしかにnanotechnologyというトピックを導入してはいますが、このパラグラフで最も重要な情報を担っているとはいえません。第2文も疑問文ですから、これ自体が何らかの重要な情報を与えるわけではありません、このパラグラフで重要なのは、第3文以降の、ナノテクノロジーのおかげでどんな良いことが期待できるのか、という具体的な話です。 仮に、「トピック・センテンス」について厳密な立場を取るとすれば、このパラグラフは論理的な文章なのに最も重要な情報が冒頭に来ていないから構成が稚拙である、と言わざるをえないでしょう。しかし、説明文というのはこういう構成をとらざるを得ないものですし、読み手からすれば、この構成のままで充分読みやすいでしょうから、このパラグラフの構成がおかしいということはないはずです。 さらに、次の例はどうでしょうか。 Lesson 3 Exploring the Sea第1文は、あまりに漠然としていて、このパラグラフの主たるトピックである「海」を導入すらしていません。第2文も、第1文をより具体的に述べていますが、海の話にはなりません。第4文になって、ようやく海に関わる話が出てきます。 では、このパラグラフの「トピック・センテンス」はどれでしょうか。海の話を導入しているということで、第4文 "How about the oceans?" でしょうか。なぜ海洋探査が有意義なのかを述べている第8文 "The sea has great potential for the happiness of humans." でしょうか。 「トピック・センテンス」の位置について緩やかな立場を取るならば、第1文や第2文が「トピック・センテンス」に該当しないこと自体は問題ではありません。しかし、仮に第4文や第8文を「トピック・センテンス」と呼ぶとして、そこにいったいどのような学習上の意義があるのでしょうか?ここで問題なのは、なぜ第4文や第8文が「トピック・センテンス」と認識されるのか、という基準が明確でないことです。パラグラフ全体を読んでみて、その意味内容と最もよく合致する文はどれかと探した時に、これらの文が当てはまるから、これらを「トピック・センテンス」と呼ぶことにしよう、というのでは、「トピック・センテンスは、そのパラグラフの要点を表す」⇔「そのパラグラフの要点を表している文を、トピック・センテンスと呼ぶ」という同義反復にしかなりません。 そもそもパラグラフの意味内容が理解できていなければ「トピック・センテンス」が判別できない、また、パラグラフの要点さえ表していればパラグラフのどこに置いてもよい、ということですから、「トピック・センテンス」という概念を学習することは、学習者にとって「おいしい」ことにはなりません。 と、このように考えてくると、「トピック・センテンス」についてわからないことばかりが出てきたわけです。要するに、私がつまづいたのは、「トピック・センテンスとは、そもそも何か?」という定義の問題と、「トピック・センテンスについて指導することにより、生徒にとってどんな良いことがあるのか?」という学習指導上の意義の問題でした。 私のつまづきが、あくまで私個人の不勉強によるものであるのならば、大きな問題ではありません。しかし、上でいくつか引用したように、現に流通している教材において、「トピック・センテンス」なるものについての共通理解が、(少なくとも表面上は)あるようには思えません。実際、 検定教科書Pro-Vision English Writing (桐原書店)のTeacher's Manualにも、パラグラフ構成について単純化した見方をするべきではないとする解説があり、「トピック・センテンス」についても、その位置や担う情報の重さには種々の要因が絡んでいて一筋縄ではいかない旨が手際よくまとめられていました。ソースの性質上、ここで引用することは控えますが、入手可能であればご参照ください。 オープンなソースとしては、少し古いですが、『語学教師のための談話分析』は次のように述べています。 パラグラフの最初の文を見れば、通例、そのパラグラフ全体が何について述べているのか分かる、と言われている。これは、マクロなレベルでメッセージの枠組を合図する要素を前置した場合である。このような文は、話題文(topic sentene)と呼ばれることが多く、速読の技能として重要だと考えられている。通例、最初の文を読むだけで、しばしば、パラグラフが何を述べているか(パラグラフの主題)を言い当てることができるが、その主題についてテクストが何を述べているか(パラグラフの説述)を言い当てることはできない、しかし、これは、確かに過度な単純化のように思われる。パラグラフが何について述べているかを伝えてくれない文がパラグラフの最初に来ている場合も多いのである。ジョーンズとジョーンズ(1985)は、談話における分裂文と擬似分裂文を研究した結果、たとえ生起する位置がパラグラフのあたまでなくても、分裂文の構文のほうが、より確実なパラグラフ話題の合図になる場合が多いことを明らかにしている。いずれにしても、書き手がパラグラフ分けをする理由については、分からないことのほうが多いのである。 (p.82)「トピック・センテンス」をめぐっては、実はこれだけ単純でない問題が絡んでくることがわかりました。結局、私自身は授業においてどのように処理したかというと、「トピック・センテンス」という用語は教えたうえで、その定義は「そのパラグラフは何について述べているかを表す文」という、緩い基準にとどめました。学習用語の扱いとしてはこれくらいにしておき、あとは授業の場面に応じて適宜対応するのが実際的だろうという判断です。 そういった私のやり方が正しいかどうかは一概に言えないところがありますが、「トピック・センテンス」という用語については、無批判に授業に導入してよいほど、日本の英語教育界で確立された定義が与えられているわけではなく、私自身は、その使用に当たっては少し慎重になったほうがよいのではないか、という疑いを抱くようになりました。 もちろん、「トピック・センテンス」などういう概念が、そもそもそれほど厳密な意味を持たせて使われているものではなく、英語学習者に対するわかりやすい指針として紹介されているに過ぎないのだから、あまり細かく定義云々を論じる必要はない、という考え方もできるでしょう。現に私自身は、今述べたように、実際的な判断から、定義には深入りしないまま、この用語を授業で使うことを選びました。 しかし、授業場面だけを考えれば、そういった扱いでもよいのかもしれませんが、英語の指導者が英語の何を教えるべきか(what to teach)を考える際に、パラグラフという単位に関わって「トピック・センテンス」をどう理解するかという基準が持てていないと、いわゆるネイティブ・スピーカー的な言説に振り回されてしまうのではないかという危惧があります。 例えば次のような主張を、英語教師はどのように理解すればよいのでしょうか。 『論理思考を鍛える英文ライティング』の一節に、このように書かれています。 「@昨日のことだが、メモ帳を前にして、以前は書けていたはずの漢字がどうしても思い出せない。Aまだ50代だが早々と老人ボケが始まったかと思う。Bやはりワープロに頼りすぎているのがいけないのかもしれない。Cワープロを使っている時は、手書きする時よりも記憶力を使わないから、自然、漢字を忘れてしまうのだろう。Dとにかく、四六時中ワープロを使っていると文字が書けなくなるようだ。」この記述に対して、「なるほど、そうか」と納得するのか、「ちょっと待てよ」と立ち止まって考えるのか、反応の違いは「トピック・センテンス」、ひいては英語におけるパラグラフの構造をどう捉えるかによって分かれてきます。 たしかにDは結論めいたことを言ってはいます。もし「トピック・センテンス」がパラグラフ冒頭にあるべきで、かつそのパラグラフの結論を述べるべきである、と考えるのであれば、この著者の言うとおり、Model Answerとして示されたものが良いように思います。 しかし、もし「トピック・センテンス」が本当に「トピック」だけを提示すればよいのであれば、@の文も充分にその機能を果たすことができます。つまり、「漢字が思い出せない」という「トピック」です。その原因究明は後続の支持文でやればよいので、これでも英語のパラグラフとして成立します。 また、「トピック・センテンス」が必ずしも冒頭でなくてもよい、とするならば、また日本語の文順のままでよいことになります。特に、上で挙げた例と同じく、このパラグラフがもっと長い文章の中の最初のパラグラフなのであれば、むしろいきなり結論を言わない方が談話の流れとしては自然でしょう。 さらに、「トピック・センテンス」とは少し議論がずれますが、本当に日本文とModel Answerの英文の果たす機能はパラレルなのか、という疑問があります。日本文の文順の方では、筆者の体験談から書き始め、読者に、いうなれば同じことを追体験してもらう機能があります。ひととおり筆者と同じ思考過程を踏んだうえで、「やっぱりワープロばっかり使っていると漢字が書けなくなるよね」という筆者の「感想」(「主張」ではなく)を読者に「共有」してもらおう、というコミュニケーションとは考えられないでしょうか。それに対しModel Answerの英文では、これはワープロの負の影響を論じ、読者に納得してもらおうという「説得」になっているのではないでしょうか。 この場合、「共有」は日本語的で英語的なのは「説得」だ、というのは稚拙な議論です。「英語的」というのは、要するにいわゆる「英語文化」に沿っているかどうか、ということで、たしかに「英語文化」の中で「説得」的なコミュニケーションをしようとするならば、Model Answerのような英文がよいのでしょう。(同書の意図はそのあたりにあると推測されます)。いわゆる英語圏のネイティブ・スピーカーの素朴な言語直観としては、1パラグラフだけを断片的に切り取ってきた場合、Model Answerのような英文が耳ざわり・目ざわりがよいのだろうということは理解できます。 しかし、「日本語文化」を背負って英語を使うことも許されるはずですし、また、英語でも体験の共有をするコミュニケーションは可能なはずです。ですから、外国語として英語を学ぶ者に対して、状況を踏まえない、いわゆるネイティブ・スピーカーの言語直観を押し付けてよいのか、いう疑問は常につきまといます。結局、上の引用が正しいと言えるのは、いわゆる英語文化圏において「説得」的なコミュニケーションを意図した場合の一般論であって、「日本語では…それに対し英語では…」とまとめてしまうのは乱暴に過ぎると思います。パラグラフの構造の違いが、言語の違いによるものなのか、それとも、果たそうとしているコミュニケーションの違いによるものなのか、やすやすと断定できるものではないと思います。 このようなことを考えると、やはり「トピック・センテンス」という用語を持ち出す以上、それがいったい何を意味するのか、について、指導者個人のレベルでは確実に定義づけがなされていなければならないのではないかと思うのです。また、英語教育の理論体系においても、センテンス・レベル偏重の「旧い」指導法からの脱却を正当化するための都合の良い装置として「トピック・センテンス」という用語を持ち出してくるのではなく、その概念を学ぶことにより、英語学習にどのような好影響があるのかが、明らかにされるべきであろうと思います。 [参考文献] 大矢復.2005.『大学入試 最難関大への英作文』.桐原書店. マッカーシー,マイケル(著)安藤貞雄・加藤克美(訳).1995.『語学教師のための談話分析』.大修館書店. ケリー伊藤.2002.『英語パラグラフ・ライティング講座』.研究社出版. 富岡龍明.2003.『論理思考を鍛える英文ライティング』.研究社出版. 成田あゆみ・日比野克哉.2003.『標識に従えば英語はスッキリ読める』.増進会出版社. 成田あゆみ・日比野克哉.2004.『[自由英作文編]英作文のトレーニング』.Z会出版. 三浦順治.2006.『ネイティブ並みの「英語の書き方」がわかる本』.創拓社出版. JEC英語教育研究会.2002.『リーディングパワー 基本編』.数研出版. Anderson, Neil・Kawamata, Masayuki.2005.Intermediate Skills for Reading.成美堂. Ishitani, Yumiko・Andrews, Emma.2004.Skills for Better Writing.南雲堂. Jimbo, Hisatake・Juppe, Robert.2003.Communicate Through Paragraphs.桐原書店. |