夕凪亭閑話 2007年2月     Crystal top へ。

2007年2月1日。木曜日。晴。一時小雪。

 2月のスタートは寒波の中で始まりました。夕凪亭寒話です。それでも午前中は雲の合間から春を思わせるような明るい日差しが降り注ぎ快適だったのですが,午後になって曇り,注意してみれば小雪がほんのひとときでしたがちらついておりました。夕方になってどんどん気温は下がり冬の威力に圧倒されます。でも,さすがに日は長くなり,午後6時近くまで明るくなりました。春はもうすぐ,という感じでございました。

 寒風の中,つがいのメジロがやってきて,蜜柑を啄んでおりました。

 西鶴「近年諸国咄 大下馬」 巻二  第六話 楽しみの男地蔵 現遊 都北野の片町にありし事

 ロリコン,幼児誘拐の話。現在なら犯罪である。月が変わったので,書いておきますと,テキストは,小学館の日本古典文学全集。赤い装丁の古いほうです。その井原西鶴集(2)。

 巻二  第七話 神鳴の病中 欲心 信濃の国の浅間にありし事

 浅間にありし浅ましき事です。前半はなかなかおもしろい。父が亡くなり,遺言で遺産は二人の兄弟で等分するようにとのことであった。また家宝の刀は,牛は売っても売るなということであった。欲にかられた兄弟は刀が欲しくて互いに譲らない。結局,兄が他の財産をすべて弟に譲り,刀だけ取る。都へもって行って鑑定してもらってみると,とんでもない鈍刀で相手にされない。長男が帰ってきて母にこの刀の由来を聞くに,水争いの時,この刀で斬りつけたが,相手を殺さなかったので(それほど鈍刀だったということ)罪人にならずに済んだ。それ以来家宝としているという落ち。後半は,付け足し。その干ばつのとき,火雷神が降りてきて,水雷神が遊び過ぎて,腎水を枯らしたので雨が降らないと言った。牛蒡をくれたら雨を降らすというので牛蒡をあたえたら雨を降らせたという。作品としては不具合。前半だけでまとめるべきだった。

 「世界の名著」16の「マキアベリ」の「政略論」(永井三明訳)第一巻 第2章「共和国の種類について,また,ローマはそのいずれにあたるか」

 政治形体には君主制,貴族制,民衆制があるが「三つの政体のうちの一つを与えても,その政体を維持できるのはつかのまのことなのである」(p.178)という。そしてローマではこれらの三者が混ざり合って,「平民と元老院との軋轢という事態を通して」「完全な国家をつくりあげていたのである」(p.179)とマキアベリは述べる。その立論は面白い。

 新潮文庫「ローマ人の物語」1 第二章 共和制ローマ スパルタ  p.168

 まず,いびつ国家スパルタの構成から。ドーリア民族の征服者子孫のスパルタ人。一万人前後の自由市民とその家族がスパルタ人と呼ばれた。次が市民権のないペリオイコイと呼ばれる,商工業従事者。そして,ヘロットと呼ばれる先住民の農奴。その人口比が1:7:16程度。ということで支配者のスパルタ人は軍務専従であった。

 そのスパルタをよりスパルタ的にしたのが,リュクルゴスである。先ほどのマキアベリも言う。「このような政体をつくった人々の中でも,もっとも高い名声をかちえたのはリュクルゴスである。彼は国王,貴族,民衆に,それぞれ本来の機能を十分に発揮できるようにわりふりを考えながら,スパルタの法律をくみたてた人物である。その国家は,八百年以上永続した(以下略)」(「政略論」(永井三明訳)・世界の名著16・p.177)

 さて,塩野さんの本に戻って,そのリュクルゴスの改革の例を一つ。「スパルタの女たちの義務は,健康な子をなるべく多く産むことと,織物をはじめとする家事にはげむことだった。」(p.174)これでは,どこかの国の大臣の発言と同じではないか。

 先を急ごう。結論。「だが,このスパルタは,戦士のほかには何も産まなかった。哲学も科学も,文学も歴史も,建築も彫刻も,まったく何ひとつ遺さなかった。スパルタ式という言葉を残しただけである。」(p.176) 

 

2007年2月2日。金曜日。晴。

 寒い一日でした。最高気温は7℃くらいだったのでしょうか。

 西鶴「近年諸国咄 大下馬」 巻三  第一話 蚤の籠抜け 武勇 駿河の国府中にありし事

 冤罪。浪人が一人で住んでいた。夜盗に教われるも一人で追い払い近所にも知らせなかった。その夜,別の家に夜盗が入り殺人もした。血がついていた浪人が疑われ,逮捕された。牢の中で,いろいろな人物を知る。蚤と虱を手なずけ,蚤に籠抜けさせたり,虱に獅子踊りをさせる男までいた。また,浪人を襲った犯人もいた。自分が無実であることを証言してくれるよう依頼すると,そのようにした。浪人は無罪放免となり,長年の難儀を償うのに好きなことを申せと言われて,冤罪を証言した真犯人の放免を願い出て,叶えられたという話。よくまとまっている。

 巻三  第二話 面影の焼残り 無常 京上長者町にありし事

 甦り。あまりに早く火葬したので,甦っていたという話。「母親の才覚にて,遅からぬ事を取り急ぎ,縁付の手道具までも,残る所もなく拵へ」とせっかちな家であった。

 日本の名著22 司馬江漢の「独笑妄言」(楢林忠男訳)より「名利に関する一条」

 名利を求めるのは悪いことではない。「天より授かった才知があるのならば,それは世の中のために役立てるべきである。」(p.484 )
 「まず立身の目標をたて,それに向かって直進すべきである。」(p.486)

 また,「妄想的な寝言」では「人間というものは,この世界に誕生してから三歳になるまでは,火も水も刃も恐れようともしない。これはまったく無我無心の状態だから,これこそ,真に悟りを開いた人とも,金色の神仙とも,仏とも呼びたいものである」(p.486)などど言う。

 新潮文庫「ローマ人の物語」1 第二章 共和制ローマ ペルシア戦役  p.177

 かつてかの国では戦争といえば,対ペルシア戦役のことだったのではないかと,勝手ながら思う。初期の,スパルタが協力してくれないので,ギリシアだけで孤軍奮闘したマラトンの戦い。このときのことは戦いそのものよりも,戦勝をローマまで走って帰って伝えたということのほうが有名になったが。そして,その戦争の背後関係など理解せず,ただ古代ギリシア時代の大パノラマとして,名前だけが記憶されている「サラミスの会戦」。よく頑張りました。

  カウント1000を記念してSunrise Yellow さんのイラストを借りてきました。

 

2007年2月3日。土曜日。晴。節分。

 今日も寒うございました。慣れっこになってこれが当たり前のような気持ちになります。

 今日は節分です。小さい頃,まだ家のまわりの道路が舗装されていない頃,プロパンガスなどなかった頃のことです。ほうろくというのだと思いますが,土器のフライパンで祖母が大豆を炒っておりました。バベというのはウバメガシのことですが,その小枝を庭から折ってきてそれを燃やすと,パチパチと音が出て,鬼が逃げるとか言って,毎年そうしておりました。嗚呼,そういう風習・伝統行事を子供には全くといっていいほど,伝えてこなかったなあ。今更反省も何もあったものではないが・・・・・。

 西鶴「近年諸国咄 大下馬」 巻三  第三話 お霜月の作り髭 馬鹿 大坂玉造にありし事

 大酒飲みの四人と僧が飲んだ挙げ句婿入りする男の顔に墨でいたずらをし,結局作り髭,引裂紙,上下をつけ日中に詫び言をさせらたという話。「中にもすぐれてをかしきは,御坊の上髭ぞかし。」

 巻三  第四話 紫女 夢人 筑前の国博多にありし事

 仏道精進している男を美人に化けた狐が誘惑し,男は次第に気力を失っていく。医者の忠告で,その女に斬りつけようとすると逃げて洞穴に入った。国中の仏道修行者を集め法事をしたら狐は現れなくなり,男の命はとりとめたという話。注に原拠を「牡丹燈籠」とするは不自然也。

 新潮文庫「ローマ人の物語」1 第二章 共和制ローマ 覇権国家アテネ  p.190

 二度の対ペルシア戦役のあと,それでも安心できないペルシアに対抗するために,ギリシアのポリス群は大同団結した。デロス同盟という。その盟主はスパルタではなくアテネであった。その後スパルタを中心にペロポネソス同盟が結ばれる。

 ここで,新潮文庫の「ローマ人の物語」1は終わる。「ローマは一日にして成らず上」ということである。少し早く終わりすぎたようだが,終わったものはしかたがない。

 

2007年2月4日。日曜日。晴。立春。

 立春とはいえまだ寒いというのが例年の伝えるところであるが,今日はまことに立春らしく春めいたお天気であった。気温も昨日とはうって変わってかなり上がったようである。

 西鶴「近年諸国咄 大下馬」 巻三  第五話 行末の宝舟 無分別 諏訪の水海にありし事

 諏訪湖で春になって氷が融けかけたのに湖上を行き,溺れた男が数年後戻ってくる。竜宮から帰ってきたということで,珍しい者を見せてやると言うので付いて行った六人が帰ってこなかったという話。

 巻三  第六話 八畳敷きの蓮の葉 名僧 吉野の奥山にありし事

 ほら話なれど,結構をなさず。注にいわく <「青い鳥」型が複合したもの>は,疑問。

 巻三  第七話 因果の抜け穴 敵討 但馬の国片里にありし事

 親子で敵討ちをする話。捕まりそうになるので,子が親の首を切って逃げる。夢に因果だから敵討ちをやめろというが,子は止めず返り討ちにあい死ぬ。後半の髑髏が出てそれが父の幽霊というのはおかしい。

 日本の名著25は「渡辺崋山 高野長英」であるが,さらに工藤平助,本多利明も含む。崋山の「退役願書之候」(佐藤昌介訳)は表題通りの辞職願いであるが,再度の辞職願いということで,崋山の意志と窮状がよく現れている。それだけであれば,この本に採録されることもあるまいが,幕末の制度疲労した世情をよく捕らえ,忌憚無く述べて,崋山の批評眼をよく示している。ここまで書いてしまえば,後の筆禍に至る道も遠からずという感あり。一例は以下の如し。「今の世の中は,支配者層がその職分を尽くすにあたり,旧例を墨守して,天下という名の大きな箱,諸侯という名の小さな箱,士という名のしきりを設け,活物世界を死物で治めるものだといわざるをえません。」(p.91))

 新潮文庫「ローマ人の物語」2ローマは一日にして成らず[下] 第二章 共和制ローマ ペリクレス時代 p.12

 ここから,新潮文庫では第2冊目になります。ローマから元老院議員三人がギリシアへ視察にいくわけですが,それがちょうど「ペリクレス時代」だったということです。しかし,ローマはスパルタにも,ペリクレス率いるアテネにも手本を見つけることなく,というよりも,それを避けた方法でやっていくことになります。すなわち,スパルタにもアテネにも,理想とする政治体制はないと見抜いた,ということだそうです。

 

2007年2月5日。月曜日。晴。

 最高気温が14℃だったというから驚くではありませんか。さらにまた,明日は17℃という予報です。どうなっているのでしょうか。暖かいのはうれしいのですが,夏になっても高温が続き猛暑になるのは,やはり願い下げにしていただきたいと思います。

 西鶴「近年諸国咄 大下馬」 巻四  第一話 形は昼のまね 執心 大坂の芝居にありし事 

 人形浄瑠璃の人形が夜になって,ひとりで動き出した。そして水まで飲んだ。動くことはあっても,人形は生命がないのだから水を飲むことはない。ということでよく調べてみると狸の仕業だった。

 巻四  第二話 忍び扇の長歌 恋 江戸土器町にありし事

 花見行きを見初めて,奉公に入り,ついに駆け落ちする。しかし捕まり男は成敗され姫は監禁される,「不義あそばし候へば,御最後」と自害を勧められるに,「男なき女の,一生に一人の男を不義とは申されまじ。」と反論し,尼となるという話。

 巻四  第三話 命に替ゆる鼻の先 天狗 高野山大門にありし事

 高野山の檜物細工師のところへ天狗が少女に化けて出て,邪魔をする。「人の心におもうふ事をそのままに合点する物ぞかし」ということで,細工師が打とうと思えば,「それでうたるる間には,我も足があって,にぐる」などと先読みする。しかし偶然「割挟みのせめといふ物」がはずれて少女の鼻に当たれば,天狗に戻って逃げた。そして天狗が怒って山に火をつけようと相談しているのを宝亀院の院主が聞いて天狗道へ落ちて身代わりとなりやめさせた。続いて弟子の坊主も従った。宝亀院は人が住まなくなり天狗の住み場所となった。

 巻四  第四話 驚くは三十七度 殺生 常陸の国鹿島にありし事

 鹿島に大変よく働く猟師がいて冬になっても鳥をよく捕まえていた。優しい妻は殺生を止めてくれと頼むが止めない。ある夜。夫が猟へ行っているとき,子供が三十七度体をピクピックと動かした。夫が帰ったとき,今日は三十七羽絞め殺したのでしょうと言って夫を驚かせた。やっと夫は猟をやめた,という話。

 世界の名著11司馬遷の「史記列伝」から「第二十五 呂不韋列伝」はまことにおもしろい。この始皇帝の実父は商売の巧みなること,まさに大天才です。秦家の人質として趙で不遇な生活をしていた子楚を「これはすてきな買いものだ。仕入れておかねば」といって投資がはじまります。そして,実に巧妙な方法で王としてしまい,挙げ句の果ては実子までも始皇帝にしてしまいます。しかし,これほどの才能のある男も最後は落ち目にあい自殺する。前半の行動があまりにも計画通りに進むので,最後の失敗がにわかには信じられないような気持ちになります。それはともかく見事な活写である。

 新潮文庫「ローマ人の物語」2 第二章 共和制ローマ ギリシアを知って後 p.27

 共和制ローマで,万事かうまくいくかと言えば,そうはならなかった。貴族と平民の駆け引きは延々と続く。独裁官(ディクタトール),護民官(トリブーヌス・ブレビスク),ラテン同盟,農地法レックス・アグラリア,「十二表法」などが出てくる。

 

2007年2月6日。火曜日。晴。旧暦12・19

 すごい陽気ですね。17℃になったようですね。春ですね。

 西鶴「近年諸国咄 大下馬」 巻四  第五話 夢に京より戻る 名草 泉州の堺にありし事

 堺の藤を京に移すと花が咲かず,ある夜,都へ移されるとは思ってもみなかったと,藤の精が夢に現れたので,堺へ返すとまた咲いたという伝説が金光寺にある。夜,女が萎れた藤を頭に挿して歩いていたので,魚売りが声をかけると,藤の花を折られるのがつられるので,取り返しに歩いていると言って消えた。寺に行ってみると,折られた花が藤棚に帰っていた。伝説にかこつけた話だが,整合性はうまくない。

 巻四  第六話 力なしの大仏 大力 山城の国鳥羽にありし事

 大仏の孫七という大男がいたが,力が弱くて笑いものになった。男の子が生まれたので幼少より鍛えて,八歳の頃には子牛を持ち上げるようになっていた。牛はどんどん成長する。子供も成長しつつ力が付く。ということで九歳の時は成長した牛を持ち上げるようになっていた。小仏と名乗り有名になっていたという話。

 巻四  第七話 鯉の散らし紋 猟師 河内の国内助が淵にありし事

 内助という猟師は牝の鯉を買っていたら大きくなって巴の紋が鱗に現れた。一八年も飼うと少女くらいの大きさになった。内助が嫁をもらった。夜,漁に出ているとき,女房の下に,うるわしき女が自分は内助の妻で子まである,親元へ帰らないと大波を立てて沈めるという。信じない内助が漁をしていると大鯉が舟に乗ってきて「口より子の形なる物を」吐き出した。「惣じて生類を深く手馴れる事なかれ」という話。

 「世界の名著」16 マキアヴェリの「政略論」 第3章 「ローマ共和国を完成した護民官制度設立のいきさつについて」 

 現実主義のマキアヴェリは「すべての人間はよこしまなものであり,自由かってにふるまうことの条件がととのうと,すぐさま本来の邪悪な性格をぞんぶんに発揮してやろうとするすきをうかがうようになるものだ」と性悪説の立場にたつ。ローマの貴族も同様である。そのような勝手な貴族から「平民をままるために護民官が設立されるはこびとなった」。

 第4章 「平民と元老院の対立により,ローマ共和国は自由かつ強大なものとなった」

 共和制ローマの貴族と平民の対立は欠陥のように見えるが「どんな国家のなかにも二つの異なった傾向」があるあるもだし,最大の欠点ではなかった。むしろ政治の形体としては,長い目で見れば安定した制度であったとも言える,という内容。

 岩波文庫の復刊リストに,マキアベリの「ローマ史論」というのがある。この「政略論」のことだと,思われる。

 新潮文庫「ローマ人の物語」2 第二章 共和制ローマ ローマの貴族 p.47

 ローマの貴族制について書いたこの条はなかなか示唆に富んだところであるので,全体を読まない人でもここだけは読んだほうがいい。その複雑な貴族制は「クリエンテス」と「パトローネス」という関係である。

 例えば三島さんのメロドラマ「白蟻の巣」でもそうだが,ブラジルの農場主はパトロンと呼ばれる。なぜパトロンというのか,かつて違和感をもったことがあった。クリエンテスがいてパトローネスがいる。パトロンというのは言葉の上からも,実体の上からも,何らの意味を引き継いでいるのだろう。

2007年2月7日。水曜日。晴。旧暦12・20

 今日も春のような陽気でした。でも明日は午後雨で,最高気温もそんなに上がらないと思います。

 西鶴「近年諸国咄 大下馬」 巻五  第一話 提灯に朝顔 茶の湯 大和の国春日の里にありし事
朝顔の茶の湯に昼にくるという風流を解せぬ客に亭主が立腹して提灯で迎え,芋の葉を活けて出したが客は不審に思わなかったという話。

 巻五  第二話 恋の出見世 美人 江戸の麹町にありし事

 これは不思議な話で未解決。茶屋の手代でよく働く男が,年季が明け店を出してもらってまもなく,是非婿にと美人の娘を置いて髪を下ろして行った武士があった。

 巻五  第三話 楽しみのマコ(マは魚扁に摩 コは魚扁に古魚摩魚古のような感じ)の手 生類 鎌倉の金沢にありし事

 背中が痒いときに用いる「孫の手」の語源説話。かつてどこかで読んだ話では,やはり鎌倉の僧であったが,猫に似た動物でマコというものが僧と仲良くなり背中を掻いてくれたというのがあったが,ここでは二匹になり,入り江近くに出てくる。注に海獺(らっこ)ではないかと記す。また付け足し的に「衣の磯」と注釈時所在不明の土地の語源説話も付したもの。

 日本の名著22 司馬江漢の「独笑妄言」(楢林忠男訳)より「蟻道和尚の講釈談義」

 ファーブルの昆虫記なみの蟻の観察には恐れ入る。貯えた食料は「全員の所有物であり,一匹の私有にされるものではないのだ。だから,義という字があてられ,蟻という字ができたのである」ということで,感心させられる。

 また,蟻の世界の蟻道和尚の講釈もおもしろい。地動説が出てきて,太陽や惑星,衛星の話まででてくる。司馬江漢がオランダの本から学んだことだろう。

 新潮文庫「ローマ人の物語」2 第二章 共和制ローマ ケルト族来襲 p.55

 紀元前390年にケルト族にローマは侵略される。和解後ローマは再度建国につとめる。これがローマが強大になりはじめる第一歩となる。

 

2007年2月8日。木曜日。晴後曇り,夜雨。旧暦12・21 みずのと とり 七金 友引

 今日も暖かい日だったのですが,昼過ぎから曇り,夜になると雨になりました。

 西鶴「近年諸国咄 大下馬」 巻五  第四話 闇がりの手形 横道 木曽の海道にありし事

 越後で人殺しをした男が女と逃げる。軽井沢の追分けを過ぎ,宿場まで至らず,民家に泊めてもらうに,女の武家風なのに目をつけた夜盗に襲われる。女襲われ,奉行へ訴える。宿中のもの皆集め,「背中に鍋炭の手形あるべし」と示して犯人を挙げる。しかし,襲われることがこれまでの因果と夫婦差し違えて死ぬ。

 巻五  第五話 執心の息筋 幽霊 奥州南部にありし事

 後妻が夫が死んだ後,財産をすべて自分のものとして,残った子供をいじめる。二人は死ぬ。最後の長男も死んで幽霊になって継母の頭に火を吹いて燃やす。

 巻五  第六話 身を捨つる油壺 後家 河内の国平岡にありし事

 美人で家柄もよい娘で,再婚しても夫が死ぬということが十一人まであって,怖がって婿になるものがなく十八で後家になった。八十八になってもまだ生きているが若い頃の美しさはなくなり恐ろしい顔になった。生活のために神社の燈明の油を盗んで使った。どこかの町で起こった,公園の水道代がとほうもなく誰かが水泥棒をしているという話と同じで,いつの時代にも似たような話はあるものである。さて,そこで宮守たちは武装して寝ずの番をした。山姥が油をとりにくると,みんな恐怖で倒れた。一人が雁股という先端がU字形になった弓で山姥の首を射ると首から落ちた。口から火を吹いて頭だけが飛んで行った。火を吹く頭は,夜な夜な出て人を追いかけた。越されると3年以内に死んだ。

 巻五  第七話 銀が落としてある 正直 江戸にこの仕合せありし事

 難波に江戸で儲けて帰った男がいた。そこへ,やはり江戸で稼いでみたいので様子を教えてもらいに男がやってきた。銀(かね)を拾うのがよいと冗談に教えると,その通りにした正直者の男は江戸で栄えたという話。最後は楽しい話で,諸国ばなしは終わる。

 空海の「三教指帰」の巻下は,「仮名乞児の論述」(仏教の立場)で儒教や道教を説く亀毛先生と虚亡隠士に「きみたちはもっと偉大な覚れるものの教え,真理の帝王の道である仏教について聞いたことはないのか」(p.279)と語る。輪廻,地獄・天国,釈迦について述べ,無情の賦でピークに達し,最後に生死海の賦となる。福永光司による注と解説では,空海が使用する言葉の典拠を挙げ,空海の当時の知識や学習についても推定する。以上で,日本の名著3の空海の著作は終わりです。空海の著作は日本古典文学大系71に「三教指帰」と「性霊集」が入っています。また日本思想体系には,「秘密蔓茶羅十住心論」があります。現代語訳だったら,ちくま学芸文庫にある「空海コレコクション」が便利でしょう。

 新潮文庫「ローマ人の物語」2 第二章 共和制ローマ ギリシアの衰退 p.67

 紀元前431年に始まったペロポネソス戦役ではスパルタがアテネを破り,404年に終わる。前362年,ギリシアはマケドニアに負ける。

 

2007年2月9日。金曜日。小雨後曇り,夜霧雨。旧暦12・22 きのえ いぬ 八白 先負

 小雨曇りですが,暖かく12℃くらいにはなったようです。

 メジロ来てみかん啄む春の朝

 上田秋成「雨月物語」より「血かたびら」

 西鶴の諸国噺の次は,上田秋成を読んでみたいと思います。有名な「雨月物語」はずっとずっと前に読んだことがあるので,今回は「春雨物語」にします。テキストは小学館の日本古典文学全集48の中村博保校注・訳である。

 「血かたびら」は,桓武天皇の子,平城天皇が弟の嵯峨天皇に譲位後におきる薬子の乱を描いた歴史小説である。表題は薬子の最後のシーンを表している事は言うまでもない。絹かたびらに付いた血がいつまでも固まらなかったという風に怪奇小説仕立てにするのは秋成の趣味だと思われます。

 気儘な読書にもう一つ追加します。ロナルド・ドーア「不思議な国 日本」(筑摩書房)です。

「序にかえて」

 東京新聞 日本経済新聞のコラムを集めたものである。著者はイギリス人であるが,イタリアに家を買って半年ばかりイタリアに住み,ロンドンで非常勤研究員をし,三,四ヶ月アメリカに出稼ぎ教授に行き,日本にもニ,三週間滞在する機会が一,二回あったころ書かれたものだということ。内容はともかく,生活は国際的な人である。

 「現在の不平等はメリトクラシーの不平等である」「頭のいい人と頭のよくない人との差が開くのである」(p.IE)。ということは,昨今流行の格差社会というのも,単に政治の問題だけではなく,時代がそういう時代になったということも理解しておく必要があると思われます。

「脱儒教圏」パワー

 「ある報告者は,教育制度の急テンポの拡大,人的資源の蓄積,非常に高い投資率を指摘して,二〇年先か三十年先か知らないが,中国はいつか,日本をも圧倒する経済大国になるのが必然的,と述べた」(p.4)(1989)。現在そうなりつつあります。

 世界の名著11司馬遷「史記列伝」より

  「第六十四 游侠列伝」は侠客について書いたものである。孟嘗君,春申君,平原君,信陵君については,それぞれ列伝があるので,それ以外の侠客ということである。魯の朱家,河南省の郭解が主としてとりあげられる。他人のために頼まれれば命をかけて行い,しかし,うまくいっても自慢しない。朱家について司馬遷は書く。「自分の能力を誇ったり,人からのお返しを受けたりすることは,ついぞなく,かつて自分が恩義をほどこした人々にたいしては,もっぱら再会を恐れるばかりであった。」また,「彼の家には余分の財産はなく,きれいな着物も,おいしいご馳走もなく,乗り物には小牛のひく粗末な車しか使わずに,ただただ人の危急にかけつけて,それを自分自身のことよりも大事とした。」(p.491)という具合である。

新潮文庫「ローマ人の物語」2 第二章 共和制ローマ 立ちあがるローマ p.74

 ケルト族に侵略で破壊されたローマの再建は,「独裁官を五度も努めたカミルス」を中心に行われた。その課題と優先順位についてイギリスの史家が注目するところを著者は挙げる。1.防衛と破壊からのローマの再建,2.旧同盟部族との戦闘と国境の確保,3.社会の安定(貴族対平民の抗争の解消)と国論の統一。

 

2007年2月10日。土曜日。晴れ。旧暦12・23 三りんぼう きのと い 九紫 仏滅

 今日も大変いいお天気でした。久しぶりに墓参りに行ってきました。さすがに鶯は囀っていませんでしたが,春の陽気に溢れておりました。造花が墓石の波の間で揺れておりました。プラ花を春風揺する墓の前

 三月の陽気です。このまま行くと,三月に四月の気候になり,四月に五月の気候になり,五月に六月の気候になり,六月に七月の気候になり,七月に八月の気候になり,八月に・・・・嗚呼,猛暑ですね。嫌ですね。猛暑の夏は何もせず,じっと暑さが通り過ぎるのを待ちましょう。

 上田秋成「雨月物語」の第2話は「天津乙女」です。

 百人一首でも有名な僧正遍昭の「あまつ風雲のかよひぢ吹きとぢよ をとめの姿しばしとどめむ」に依るタイトルです。そして主人公も僧正遍昭です。僧正遍昭の俗名が宗貞で,もっぱら主人公は宗貞として振る舞います。嵯峨天皇の交友が話の中心です。数々のエピソードがおもしろ可笑しく語られます。嵯峨上皇崩御後,宗貞は姿をくらまします。殉死のつもりだったのでしょう。でも見いだされて,僧正の地位を贈られます。そして最後は「花山といふ所に寺をつくりて,おこなひよく終わらせたまへりとぞ。」ということになります。これが,京都山科の元慶寺(がんぎょうじ)です。このお寺は西国三十三観音霊場の番外寺となっており,去年お参りしました。近くに天智天皇陵もありますから,一緒にお参りしてみてください。

 次はロナルド・ドーア「不思議な国 日本」より。

「公共精神 西と東」 

 「人口三,四千人の村でみられる,その公共の精神を国の段階へ拡大していくことは別問題である。現代民主主義の中心的問題でもある。」(p.10)

 「゛単純な゛入試論は困る」

  大学を全入にして厳しい学年試験をすると「教育・教養の習得に熱心な学生までも,受験技術に専念するようになり,大学自体の教育もおかしくなるかもしれない。」(p.14)そうか。そうかも。

 「世界の名著」16 マキアヴェリの「政略論」 第5章は「人民と貴族のいずれがより確実に自由を保護するか,新たに権力を手に入れようとするする人民か,既得の権力を保持しようとする貴族か,また,どちらがより内紛の原因となるか」という長々しいタイトルです。

 結論は人民に自由をゆだねたローマよりも,貴族の手にゆだねたスパルタやヴェネチアが長続きしたので,貴族が権力を握るほうがよい,というのがマキアヴェリの考え方。

 

 新潮文庫「ローマ人の物語」2 第二章 共和制ローマ 政治改革 p.80 

 ローマの再建と国境の確保が或る程度進むと,やはり内政問題が重要になります。それが,優先順位3の社会の安定(貴族対平民の抗争の解消)と国論の統一 ということです。

 そしてその政治改革は平民のへの権力の開放であった。それが紀元前367年の「リキニウス法」である。すなわち,「すべての共和国政府の要職を平民出身者にも開放すること」であった。それゆえ,「これ以後のローマは,貴族政ではなく,文字どおりの寡頭政体の国になる。」(p.85)ということである。

 

2007年2月11日。日曜日。晴れ。旧暦12・24 建国記念日。 ひのえ ね 一白大安

 建国記念日といわれてもね,いつ建国したのでしょうか。無理ですよねえ。やはり独立記念日とか,はっきりとわかるものにしないと愛国心も何もあったものじゃないですね。こんなことを書くと,知らないのはお前だけだ,と言われそうですね。『ウィキペディア(Wikipedia)』によると,「建国記念の日(けんこくきねんのひ)とは、日本の国民の祝日の一つ。日付は2月11日。この日は記紀によると紀元前660年(660 BC)、神武天皇が即位したとされる日である。」と書いてあります。

 神武天皇については,古事記では中つ巻,日本書紀では巻第三に記されております。そしてその即位の記述については,いずれも岩波の日本古典文学大系では,古事記がp.161に,日本書紀では上巻のp.213に書かれてあります。古事記では「坐畝火之白檮原宮,治天下也」とあるだけです。日本書記では,「辛酉年春正月庚辰朔,天皇即(皀卩)帝位於橿原宮。是歳為天皇元年。」とありますが,これは中国の史書の体裁にあわせて適当に日付をいれたものでしょうから,新暦では2月11日になる,と言われても,建国のけの字も,その気持ちにはなりませんが,いかがでしょうか。

上田秋成「春雨物語」より「二世の縁」。

 夜,地中から鉦の音が聞こえてきて掘ってみると,ミイラのような男が出てきて,鉦を叩いているのだった。これは,入定した男が,入定できないで,ずっと鉦を叩いていて百年以上もったって骨だけになっていたということで,結局入定できなかったということ。水や粥を与えるとやがて人間として生き返って婿になったりする。怪奇話のようだが,そうではなくて単に仏教には意味がないと言いたいということ。

 ロナルド・ドーア「不思議な国 日本」より。

 「゛人知゛は進歩したか・・・」 経済組織の運営で進歩したか,どうか。したように見えて,あまりしていない。そして日本人の国際機関における役割では,出身国の代表という意識が強すぎるという指摘。

 「国際化の名のもとに進む英米化」敵対的企業買収のような資本主義の国際化は実はイギリスアメリカ流のものでドイツ型ではない。もともとはドイツの資本主義と似ていたというもの。

 日本の名著22 司馬江漢の「独笑妄言」(楢林忠男訳)より「須弥山について論ず」

 例えば,聖書の創世記を現代の科学の立場で読むと,たちどころに理解不可能になる。だから,我々は,それらをノンフィクションとは呼ばず,信仰の書などと呼んで,対決を避ける。同様に,仏教の諸説に対しても科学的に考察しない。司馬江漢はオランダの本から学んだ天文や地理の知識で仏教の説を論ず。すなわち,「須弥山および諸経・諸誌は,すべて方便であって虚妄の譬喩であることをよく理解すべきである。」(p492)と指摘する。また,「生きている間に,死んだのちのことまで明らかにするのを悟りという。」(p.495)

 新潮文庫「ローマ人の物語」2 第二章 共和制ローマ ローマの政体 p.93

 歴史的に古代の官職を説明するのは煩雑である。時とともに役割や定員が変わるからである。これは古代に限らない。現代でも同じことであろう。歴史事典なら何項目かに細分して,記せばよいが,なにしろこれは「物語」なのであるから,そういう記述は適さない。いやはや大変なことである。どこかで妥協するしかない。それにしても,読者を退屈させない程度によく書かれている。

 

2007年2月12日。月曜日。晴れ。旧暦12・25 振替休日 ひのと うし 二黒 赤口

 よいお天気なので,山のほうへ散歩すると,鶯が鳴いておりました。今年はじめて聞きました。

 上田秋成「春雨物語」から「海賊」。

 順序が逆になりましたが,第三話が「海賊」です。これは紀貫之が土佐から帰京するときに海賊に会うという話です。この海賊がインテリ海賊で,貫之の文業をこんこんと批判するというお話です。

 高知県南国市へ行くと,紀貫之旧居跡という小さな公園が田圃の中にあります。国分寺に近いところです。

 第五話「目ひとつの神」。小田原あたりの漁師の息子が学問がしたいと上洛を企てる。安土近くの老曽の森の社で野宿するに,狐の法師,女房,娘が神社に詣ると一つ目の神主が応対する。酒盛りがはじまり,寝ている男をお越し,都へ行くことの無意味さを述べて,東国へ帰るように諭す。このあたりが秋成の本音でおもしろい。

 ロナルド・ドーア「不思議な国 日本」より。「『NO』の言い方」 から「冷戦終焉に”困る”人たち」

  「日本の国益を追求するための国際化」(p.29) 「ほんものの国際化は移住の自由を含まなければならないと思う。」(p.32)といのが目立った見解でした。

 日本の名著25の渡辺崋山「鴃舌小記」(佐藤昌介訳)は,天保2年にオランダ商館長ニーマンが江戸に参府したときの話である。ニーマンの人物がおもしろい。一般地理学を勉強するのが目的で,出世するのが目的でなく,常に本を読んでいるという男である。そして色々な行動をしたり合理的な意見を言う。崋山は,西洋人の気質や人情を知る手がかりになるということで記している。これを見ても,我が国の西洋化が明治維新後のものでなく,既に着々と準備は進んでいたことがわかる。

 新潮文庫「ローマ人の物語」2 第二章 共和制ローマ 「政治建築の傑作」 p.115

 ローマがケルト族に負けて,政体の建て直しに入った。内にあっては「リキニウス法」で貴族と平民の対立を解消した。外にあっては,ラテン同盟の改革が迫られた。なぜならば,敗因の一つがラテン同盟の構造的欠陥にあったからだ。問題は,同盟を結んでいる部族間どうしの関係だった。

 第二章 共和制ローマ 「ローマ連合」 p.121

 「ラテン同盟」に変わる新しい外交戦略が,「ローマ連合」で,これがトインビーが「政治建築の傑作」と呼んだものだそうである。(p.116) 「ローマ連合」では,p.123の図にあるように,ローマと周辺部族間の単独同盟の寄せ集めということになる。周辺部族間同士の同盟を厳しく排除する。したがって周辺部族はローマに頼らざるを得なくなるということだ。その周辺部族,すなわち構成国が5種に分けらっる。この辺のうまさというものが,やはりローマ史がいつまでも,語り継がれる元になっているのだと思う。

 第二章 共和制ローマ 街道 p.130

 ローマに行けば,今でもアッピア街道の一部を観光バスが通る。日本でも現在の国道と旧街道が重なるところがあるのだから,当たり前といえば当たり前である。その,名称が建設者に由来する。そしてその人名街道が,軍用道路で,著者によれば「政用道路」で,すべての道はローマに通ず,と言われるほど充実するのが,この頃からのこととなる。

 第二章 共和制ローマ 市民権 p.135

 ローマの華々しい戦勝から,すぐにローマ帝国を連想しがちだが,共和制ローマも戦いの日々の連続である。そして,たいていは勝つ。勝つからどんどん発展して,大帝国になった,と単純に考えがちだが,勝っただけでは,大帝国にはなれない。統治の技術が必要である。その要がローマでは寛大な市民権であった,ということ。また,この節では,この時代に活躍したアレキサンダー大王が東に向かわず,西に向かってローマで闘っていたらどうなったであろうか,という話題が語られる。「愉しき寄り道」(p.142)と書かれる。

 

2007年2月13日。火曜日。晴れ。旧暦12・26  つちのえ とら 三碧 先勝

 今日も春のようなお天気でした。事実春です。14℃くらいになったのではないでしょうか。

 上田秋成「春雨物語」の第六話「死首の笑顔」は,死んで花嫁になるという,一頃流行った映画「絶唱」を思い出させるような話です。金持ちの息子でまじめな男が,あまり裕福でない家の娘だがこれまたまじめな女を見初めて結婚しようと約束するが,男の父親が吝嗇で,貧家の娘との結婚を許そうとはしない。女は男が優柔不断で来てくれないので病気になる。女は婚家の庭で死にたいと望み,娘の母親と兄は,死んででも嫁にしてもらって墓に入れてほしいと願い,送り出す。男の男と父親の前で「汝がつま也。この家にて死ぬべし」と,兄は女の首を切った。前作のような理屈もなく小説としてよくできた作品である。

 第七話は「捨石丸」。これは捨石丸と呼ばれる力持ちの男が酒造酒屋の主人にかわいがられ,双方とも飲み過ぎて主人に手をかけたという冤罪が生じ,捨石丸は逃げる,酒屋の息子は敵討ちをせざるを得ない羽目になるという,凝った話。捨石丸は中津渓谷の青の洞門を掘っていた。酒屋の息子も協力して完成させることになる。これもよくできた短編小説である。菊池寛の「父帰る」「恩讐の彼方に」「屋上の狂人」「藤十郎の恋」などを旺文社文庫で読んだのは,遙か昔の前世のようなものだから,ほとんど覚えていないが,確か「恩讐の彼方に」というのが,青の洞門の話でタイトルにあるように,この秋成の話のように追うものと追われる者が協力したのではなかったか,と思うばかりである。

 

 ロナルド・ドーア「不思議な国 日本」より。「世界に通用する日本を目指せ」から「相互依存」

 全体としては退屈ですが,気の利いた警句もところどころに見られ,さすがである。例えば,「ナショナリズムは強いが,ただアメリカに向けられないという解釈は恐らく正しい。」(p.54)とか,あるいは,「神を信じる人には,サタンが必要であると同様,愛国心の強い人には,世の中のどこかに,文化も思想方法も全く異なる,不可解な,とうてい相互信頼関係に入れないような人種を見つける必要がある。」(p.62)というように。

 世界の名著28の「モンテスキュー」には有名な「法の精神」の他に「ローマ盛衰原因論」(井上幸治訳)というのがあります。「法の精神」にもローマの事例が一杯出てくるのですが,「ローマ盛衰原因論」の第一章から。一 ローマの初期  二 ローマの戦争 ということですが,ディオニュシオスの「古ローマ史」に基づき逐語訳もあるとの注。古い本も,わかりにくいところもあるが,それはそれで,舗装されていない道を歩くような楽しみがあります。「ローマ人が世界の支配者となるのにもっとも貢献したのは,あらゆる民族にたいしてつぎつぎに戦っているうちに,自分のものよりすぐれたよい習慣があれば,すぐ自分の習慣をすてて,これをとりいれたことである。」(p231)

 新潮文庫「ローマ人の物語」2 第二章 共和制ローマ 山岳民族サムニウム族 p.151

 サムニウムというのはサミットを連想させ,いかにも高地民族という感じがします。モンテスキューの「ローマ盛衰原因論」にも「さらに,イタリアの全民族中もっとも好戦的なサムニウム人が狂暴な戦争をしかけるということにもなるのです。」(p.236)と書かれております。そして,ローマは負けます。しかし,さらに国を改良して,結局は勝ってしますのです。いよいよ,イタリア版国盗り物語は佳境に入ります。歴史は先史である,という思いがしてきます。

 第二章 共和制ローマ 南伊ギリシアとの対決 p.170

 イタラリア半島の中部の次は南部です。これは偶然戦闘せざるを得なくなった戦争です。

 第二章 共和制ローマ 戦術の天才ピュロス p.180

 なぜ人は戦史を読むのだろうか? 思うに戦争というのは,ある種の極限状態だから,そこで組織を率いるリーダーの行動や人間性が,読者の心を打つからに違いない。ピュロスの行為もそのようなもので,まことに雄々しい。そしてローマ軍がはじめて象と戦います。戦場で象と戦うローマ軍を思っていると,こういうのはお里が知れるというのではないかと思いますが,私は鉄人28号という漫画を思い出しました。怪獣という感じでしょうねえ。一気呵成で,はじめに書いた,早く読んだら早く忘れる,という誓いも忘れてどんどん進んでいきます。

 第二章 共和制ローマ ひとまずの結び p.198

 ライフワークの第一巻を成功裏に脱稿した著者の,安堵と自信に溢れた肉声に,自分で本をとって触れてみてくださいと言うのが適切かと思います。三島さんが「暁の寺」の前半の大乗仏教談義を,読者は退屈だろうが,後半の話をすすめるためにはどうしても書いておかねばならなかった,というようなことをどこかで語っておられましたが,それと似たような面が「ローマは一日にして成らず」の前半,中盤あたりまであったかもしれません。そしてそれが終わるといよいよ戦闘のシーンで著者の筆はますます冴え渡り,集結部を迎えます。

 以上で,新潮文庫の二冊目,(単行本では第一巻)が終わりです。反省:やはり,後半速く読み過ぎ。

 

 

2007年2月14日。水曜日。小雨。旧暦12・27  つちのと う 四緑 友引

 春雨のような雨ですが,春一番が吹いて少しだけ荒れました。

 上田秋成「春雨物語」の第八話は「宮木が塚」です。これは遊女の墓のことですが,話は少し複雑です。都の貴族で官位を剥奪された者の娘が家が落ちぶれ,かつ騙されて遊女になるが,美しく品性も立派な女です。それを見初める男もまた立派なのですが,その宿場の悪い長のこの遊女を自分のものにしたいという策略で謹慎・賠償金まで背負わされて,挙げ句の果ては殺されます。そして宿場の長のものになっている遊女は法然上人の舟が近くを通る機会に身を投げて死んでしまいます。いろいろと詳しく書かれておりよくできていると思います。

 第九話「歌のほまれ」は短い歌論で,どうしてここに入っているのかわかりません。

 ロナルド・ドーア「不思議な国 日本」より。「新の国連中心外交へ」から「新・鉄の女に対する法」

 一九九〇年に新聞に発表されたものです。湾岸戦争の頃です。随分昔のように思えますが,対米追従というのはあのころから少しも変わっていないように思われます。

 司馬遷「史記列伝」から「第十六 平原君虞卿列伝」。これも侠客伝です。面白いの人物評価ということです。食客が主人をどう評価するか,主人が食客をどう評価するか,そういうことが大変重要な境遇です。それゆえ,エピソードが面白くなるわけです。

 新潮文庫「ローマ人の物語3 ハンニバル戦記上」へ入る。新潮文庫では三冊目,単行本では第二巻である。

読者へ p.11  作者によるやさしい解説である。歴史事象を,自らの考えの実証例として使う場合と,歴史の叙述が目的の場合に,歴史書は別れる。前者は一,二巻で終わるのに,後者は全十巻などになる。そしてこの「ローマ人の物語」も,後者に入る。「歴史はプロセスにある」という考え方だ。

序章 p.17  舞台はシチリアである。西がアフリカ北端のカルタゴ。東がイタリア半島レッジョ。シチリアにはカルタゴの勢力が及んでいる。

第一章 第一ポエニ戦役 p.24

 二十三年間戦争をするということは,たいていのひとにとって人生の半分近くを戦争の時代に生きるということになる。ハッmニバルはまだ出てこない。一章の終わり頃になってハンニバルの父が出てくる。ハンニバルが生まれる。そういう時代だ。物語は躍動する。しかし,戦は簡単には決まらない。それでも,結果としてローマは勝った。やはりすぐれた政体であったことは間違いあるまい。

 

2007年2月15日。木曜日。晴れ。旧暦12・28  かのえ たつ 五黄 先負

  木枯らしというよりも春風に近いのですが,冷たい風が吹いておりました。西高東低の冬型の気圧配置のせいだと思われます。夜明けも次第に早くなって,季節はどんどんと巡っていきます。

  上田秋成「春雨物語」の第十話「樊噲」上下は,鬼のような大男の話である。親・兄殺し,博打,暴力何でもござれ。指名手配になり,放浪の挙げ句,盗賊の仲間になる。といっても手下になるのではなくすぐに親分になる。大盗賊というのは小盗賊を軽蔑するものらしく,あるときは泊めてもらった家主を救ったりする。そして出会う人に好かれたりもする一面もある。そういう男であるから,最後は,偶然出会った僧のあまりの正直さに自己を反省し,ほんとの僧になって,有名な僧として大往生したという話。「水滸伝」を岩波文庫で読んだのは,これまた,もう何年も昔のことだから,個々の人物のことは覚えていないが,「水滸伝」の登場人物を彷彿させる怪力ぶりが実に愉しい。魯智深になぞらえてあるそうであるが,そのような人物もいたような気もする。他の作品よりやや長いが完成度は高い。ただ,最初の大山から隠岐ノ島へ飛ばされる話は,そぐわない。  以上で「春雨物語」は終わる。

 ロナルド・ドーア「不思議な国 日本」より。「当たり前の国」から「イタリアから見た世界」

  現在の海外の政治事情には,すっかり慣れっこになっていますが,私が育った頃は勿論,学生時代そして中年になるまで,ずっと世界は「冷戦」と呼ばれていた時代であったわけです。こういう世界というのは,例えばF・フォーサイスの小説のようにCIAやKGBが暗躍するのが公然の秘密のような,特別の枠組みに嵌った状況だった訳です。その冷戦構造が崩壊した頃の話で,勿論その枠組みを基にした話になるのですが,懐かしく読んだ次第です。

 日本の名著22 司馬江漢の「独笑妄言」(楢林忠男訳)より「天文の悟りについて」

  西洋の教養で仏教を批判する訳ですが,今回はあまりシャープではありません。「草木のように,天にしたがって生き,私心をはさまなければ,つまり即身成仏をとげることができる。どうして,九年間も座禅をして悟る必要があるだろうか。」(p.498)

  新潮文庫「ローマ人の物語3 ハンニバル戦記上」 第二章  第一次ポエニ戦役後 p.90

 第一章が戦いの記述が中心だったのに対して,この章は政治システムの解説が中心となり,やや退屈ですが,少しですので,すぐに終わってしまいました。ということで新潮文庫の第3冊目が終了です。反省しても仕方がありませんから,もう反省はしません。 

 

2007年2月16日。金曜日。晴れ。旧暦12・29  かのと み 六白 仏滅

 いつもの暖かい冬に戻りました。春はもうすぐです。いや,もう春です。

 「春雨物語」を終わったので,次は「日本霊異記」です。こういうおどろおどろしい表題は好きですから,新旧の大系本で時々は見ていたのですが,まとめて読んでみようと思います。テキストは例によって,小学館・日本古典文学全集6「日本霊異記」(中田祝夫校注・訳)です。しかし,目次を見ると目がクラクラとしました。とりあえず,上巻だけを目標にします。なお,タイトルがあって,第一というように番号があるのですが,長いタイトルは適当に省略するつもりですから,番号を先に書きます。訓読みは,三冊が少しずつ異なりますが,採用されている本文は同じですから,たいていのテキストでも同様だと思われます。

 「日本国現報善悪霊異記 上巻」 「第一  電を捉へし縁」

 雷を呼ぶというところまでは,わかるが,捉えるということはどういうことか。落雷ということであろう。それだけではあれば,気象,特に風向きや地形から,雷の通り道や落雷しやすい場所が分かる人もいたことは不思議でもない。

 「第二 狐を妻として子を生ましめし縁」

 タイトルの通り,妻が狐だったという話。生まれた子供を子犬がほえる。また,親犬にほえらえた妻は驚いて狐に変じた。

 ロナルド・ドーア「不思議な国 日本」より。「選挙にひそむ魔性」から「クリントン政権の進路」

 北方領土については,小生は,ドーア氏とは別の考えである。北方領土は戦争によって取られたものだから,戦争によって取り返すしかない。しかし,現在は,国家として戦争を放棄しているのだから,それは不可能だ。次善の策は,経済戦争。すなわち,お金で買い戻せばいいではないか。

 イタリア,アメリカ,そしてイギリス,さらにヨーロッパなどと比較してみると日本流のやり方は,けっこう変わった面があるというのは,事実だろう。しかし,だからといってすべてを外国の基準に合わす必要は無いと思う。ただ,国際社会の中でやっていくのだから,それぞれの分野で,適当に妥協したり合わせたりしてやっていくことはあり得ることだし,必要だとは思う。

 総じて,時事的なコラムなので背景については細かく論じられないので,やや物足らなく,舌足らずな感は否めない。でも面白い見解も多々あった。以上で,終わる。

 日本の名著25の渡辺崋山「鴃舌或問」(佐藤昌介訳)はオランダ商館長ニーマンから聞いたことを問答形式でまとめたものです。「西洋では戦争が絶えることがないので」「国家の独立を維持するために日夜心魂をくだいて」いるので「世界中の五分の四が西洋諸国によって政治的にも文化的にも支配されるようになった」(p.105)というような卓見もあるが,月面には「たくさんの人が往来しております。人物は身長が低く,形が猿に似ており,手足に毛が生えているように見えます」(p.112)と望遠鏡の話ででてくる。頬笑ましいというべきか。

 新潮文庫「ローマ人の物語4 ハンニバル戦記中」 第三章 第二次ポエニ戦役前期(〜p.50)

 少し速すぎるのですが,文庫本で四冊目に入ります。いよいよハンニバルの登場です。スペインのカルタヘーナからスペインフランス国境のピレーネ山脈を越え,ローヌ河を渡る,ローマ攻めの開始です。昔見た戦争映画なら,軍艦マーチに送られて連合艦隊が出航するときのような昂揚した気持ちになります。そして圧巻は,あの有名な象をつれてのハンニバルのアルプス越えです。p.38,39にその危険に満ちた険阻な山越えのシーンが描かれております。季節は冬ですから,凍結もあります。吉村昭さんの「天狗争乱」にありました,木の芽峠を越えるシーンを思い出しました。それにしても,ハンニバルの指揮ぶりは見事です。それを描く筆の冴えも。

 

2007年2月17日。土曜日。雨。旧暦12・30  みずのえ うま 七赤 大安

 冷たい雨である。霙もありました。寒さの中,メジロが何度もやってきます。蜜柑を切って岩の上に載せてやりました。

 「日本国現報善悪霊異記 上巻」 「第三  得電之憙令生子強力在縁」

 雷の殺さないでくれという願いを受け入れると,力の強い子供が産まれた。その子は後に元興寺に住んで幽鬼を退治したり,耕作田に水を引いたりした。

 「第四 聖徳皇太子示異表縁」

 聖徳太子の天才伝説と,太子の出会った托鉢乞食が生まれ変わるという話。

 「第五 信敬三宝得現報縁」

 三宝を帰依していた男がそのおかげで生き返るということ。

 「第六 観音菩薩を・・」

 唐に渡る男が困難に出会い観音菩薩を念じて,困難を解消したという話。

 司馬遷「史記列伝」より「第五十七 司馬相如列伝」。前漢の文人政治家司馬相如の話。 大富豪である卓王孫の娘卓文君との恋愛は,駆け落ちして貧乏になる。「キネマの天地」で田中小春役の有森也実が演じる「浮草」のラストシーンを思い出させる。しかし,すぐに親が認め裕福になり,司馬相如の運も開いてくる。おもしろいのは病気だといって官職を辞すことが何度も出てくる。根っからの自由人であったのであろう。

 新潮文庫「ローマ人の物語4 ハンニバル戦記中」 第三章 ティチーノ  第一回戦p.50

 いよいよローマ軍との戦いです。はるばるイタリアまでやってきて,半分以下になっている兵士の志気を高めるのは大変なことです。さすがに歴史に残る名将,上手にもっていきます。最初の戦いも。ハンニバルの勝利です。

 

2007年2月18日。日曜日。晴れ後曇り。旧暦1・1  旧正月 みずのと ひつじ 八白 先勝

 朝太陽が明るく照りつけていたのに昼前から曇ってしまいました。それでも気温は高く,三月のような陽気でございました。

 「日本国現報善悪霊異記 上巻」  「第七 贖亀命放生得現報亀所助縁」

 三次南部の三谷寺を建てられた弘済禅師が京からの帰り道,難波で大亀を売っているのを見て,購入し放してやった。備前のあたりで船頭が強盗に変じて海に落とされたが,亀が来て救ったという話。

 「第八 聾者帰敬方広教典得報聞両耳縁」

 病気で両耳が聞こえなくなった男が,前世の報いだからいたずらに長生きをしても仕方がない。善行を積んで後世の菩提を祈るつもりで堂を建て,僧に方広経を読んでもらうと,耳が聞こえるようになったという話。

 「第九 嬰児鷲所擒他国得逢父縁」 

 幼女が鷲にさらわれたので,追ったが取り返せなかった。そこで追善供養をし冥福を祈った。八年後,旅先でその娘と再会し,連れて戻ったという話  

 マキアベリ「政略論」 第一巻第6章 ローマにおいて人民と元老院の対立に終止符をうつことのできる政府の樹立しえたか否かについて(世界の名著16)

 この問題を解消した国家としてマキアベリはヴェネチアとスパルタを挙げる。しかし,ローマはその両方の逆をいく。「平民には武力を与え,外人には移住を認めて人口増大をもたらした。そこで騒動が起こるきっかけは,際限のないものになっていたのである。」(p.189)これこそが,偉大なローマに至る道だったという。そして結論として,「国を建設するのにはローマの組織に範を求めるべきで,その他の国家の例はならうに値しないと私は信ずる。」(p192)

 新潮文庫「ローマ人の物語4 ハンニバル戦記中」 第三章 トレッピア  第二回戦p.59

 ハンニバルはどんどんとローマに接近してきます。冬になってこれまで多くの戦いは停戦になったのですが,はるばるローマまで来て停戦することはいたずらに兵力を弱めるだけでしょう。トレッピア川を前にして大合戦が繰り広げられます。そしてまたもやハンニバルの見事な作戦は成功して勝ってしまいます。しかし,寒さの中,象はうまく働かず逃げたりして,一頭しか残りません。

 第三章 トラジメーノ  第三回戦p.72

 紀元前二一七年四月。ハンニバルは遠征二年目になり三〇才です。ボローニャからアペニン山脈を越えてフィレンツェに向かいます。しかし,アルノ河の沼地を通過するのに苦戦します。そこでハンニバルは病気で片目が見えなくなります。しかし,フィレンツェに入ってからは充分に休み,情報を集めて綿密な作戦をたてます。トレジメーノ湖の北側を通過中のローマ兵を三方から攻めて圧倒的な勝利を得ます。そして,秋には,アペニン山脈越えで牛の角に枯れ木をつけて燃やし,ローマ兵をあざむいて目的を達成します。

 2回目の源氏 桐壺

 もう一度はじめから通して読んでみたいと思います。テキストは,玉上琢弥訳注の角川文庫です。例によって粗筋と系図は,新日本古典文学大系を見ることにします。さて,桐壺は何度読んでもよくまとまっていると感心します。長い物語の発端としてもよくできているし,単独で読んでもおもしいと思います。序でながら,谷崎潤一郎訳の中公文庫で桐壺を読んでみました。複雑な人間関係が頭に入っておれば,これはこれでよくわかり,原文の雰囲気がよく伝わってきます。

 

2007年2月19日。月曜日。晴れ。旧暦1・2  きのえ さる 九紫 友引

 やはり,今日も三月のような陽気でした。14℃くらいにはなったのでしょうか。

 「日本国現報善悪霊異記 上巻」 「第十 偸用子物作牛役之示異表縁」

 前世で息子の稲を盗んで牛になった父親が現れたという話。

 「十一 自幼時用網捕魚・・・」

 網を用いて魚を捕ることを仕事にしていた男が,叫び号(おら)びて曰く炎火身に迫れり,身体が焼けるように熱くなったという話。

  「十二 人畜所履髑髏・・・」

 学問僧が弟子に沢に捨てられている髑髏を木の上に載させると,髑髏の霊が,その弟子のところへお礼に来て,殺された由来を話した。

 「十三 女人好風声之行・・・」

 超俗清廉な生活をしていた女が野草を積んでいて,仙人になって天上に飛んで行ったという話。

 日本の名著22 司馬江漢の「独笑妄言」(楢林忠男訳)より「三昧のおこり」

 僧侶批判とお経に出てくる話を例え話と考えればよいという解釈が示される。科学と宗教との一致点を見いだそうという姿勢だろう。

 「悟りの道は害があるだけ」 これも僧侶批判。江戸末期の僧侶というのはすべてではないとしても,寺請け制度というほっておいてもお金が入るような制度があったので,相当堕落していた僧も多かったのではないか。こういうことについては,海老沢泰久さんの「青い空」に詳しく書かれております。

 「解体について」 これは解剖学の訳本が難しいので,要点を簡単に述べたもので,神経,目,耳だけであるにしても,新知識を要領よくまとめてある。

 新潮文庫「ローマ人の物語4 ハンニバル戦記中」 第三章 カンネ − 第四回戦p.99

 カンネ会戦の図が110ページにある。これを見ているだけで,ハンニバルという男の才能がありありとわかる。そして,この本には書いてないが,戦争が時に芸術作品のように見えることもあると思った。これなら,各国の士官学校で一度は教えられるというのも,嘘ではないと思われる。

 第三章 アレクサンダー大王とハンニバルp.122

 ハンニバルとアレキサンダーという希代の天才の比較というよりも,ハンニバルがアレキサンダーから騎兵の重要性を学んだことが示される。鐙(あぶみ)なしの乗馬というのは考えるだけでも怖い。よくそういう芸当ができたものだと感心する。

 

2007年2月20日。火曜日。晴れ。旧暦1・3  きのと とり 一白 先負

 やはり,あたたかい日でございました。それに美しい三日月。

 「日本国現報善悪霊異記 上巻」 「第十四 僧憶持心経得・・・」

 般若心経を百遍ばかり唱えていたら,戸を透かして見えるようになったという話。

 「第十五 悪人逼乞食・・・」

 乞食行の僧を馬鹿にした男が僧の呪文で身動きできないようにされたという話。

 「第十六 无慈心・・・」

 慈悲の心のない男が生きたままの兎の皮を剥いでいたので,悪質のできものが全身にできて死んだという話。

 「第十七 遭兵災・・」

 百済で捕らえられ唐まで連れていかれたが,観音像を作って拝んで船にも乗せ,船にのると筑紫へ無事帰れたという話。

 「第十八 憶持法花経・・・」

 ある漢字が覚えられないのは,前世で法華経の焼いたところの字だからという夢を見て,その場に行って直したら覚えることができたし,親子の契りを結んだ,という話。

 「第十九 呰読法花経品・・・」

 乞食が法華経を読み,物を乞うたのでそれを真似した男の口がゆがみ,治らなくなったという話。

 「第二十 僧用涌湯之薪・・・」

 僧が薪を盗んだらまもなく死んだ。死後牛になった。

 「第二十一 无慈心・・・」

 慈悲の心のない男が馬に能力以上のものを乗せていたら,馬は目から涙を流して死んだ。このようにして何度も馬を殺した。その男が湯の煮えたぎっている釜の傍を通ったら,湯気で二つの目が煮られた。

 日本の名著25 より渡辺崋山「慎機論」(佐藤昌介訳)

 海外の植民地政策をよく理解している崋山の警戒しなければいけないという啓発書。「唐山の観念的でとりとめのない学風の影響をうけ,高尚めいて内容のからっぽな学問が盛んになった結果,ついてに理性がおおわれて,井戸の中の蛙のような狭い見解におちいった」(p.120

 新潮文庫「ローマ人の物語4 ハンニバル戦記中」 第四章 第二次ポエニ戦役中期  p.136

 向かうところ敵なしのハンニバルの活躍に翳りがさしてくる。ローマ連盟を切り崩そうと,ローマの南まで回り込んだハンニバルに対するローマの対応は,会戦は避けて,カルタゴからの補給路を断つことだった。互角であるということは,遠く遠征してきているほうが不利である。ハンニバルはカルタゴ側にしていた諸地域をやがて縮小させられる。

 シラクサの戦いではアルキメデスの発明品が大活躍をする。しかし,奪還していたシラクサも陥落する。ただ一つ,スペイン戦線だけはローマは大敗を喫した。

 第四章 スキピオ登場 p.194

 元のカルタゴ領に戻ってしまったスペインへ行くのが,何事にも型破りなスキピオである。そのスキピオの華麗な登場である。

 

2007年2月21日。水曜日。晴れ。旧暦1・4  ひのえ いぬ 二黒 仏滅

 またまた異常に,あたたかい日でございました。16℃くらいまでになったのではないでしょうか。

 「日本国現報善悪霊異記 上巻」 「第二十二 勤求学仏教・・・  」

 唐に渡り三蔵法師に仏教を習った道照法師が臨終のとき光が部屋にみなぎり,また
方に飛んだ。徳が高かったから奇瑞が生じた。

 「第二十三 凶人不敬養・・・」

 育ての母に借した稲を返せと言ったりした親不孝の子供が気が触れたということ。

 「第二十四 凶女府孝養・・・」

 実の母にご飯も食べさせないような不孝者の娘が胸に釘が刺さるといって死んだ。

 「第二十五 忠臣小欲・・・」

 持統天皇の忠臣はへつらうことなく正しく諫言なされていたが,干ばつの時,その田だけ雨が降るということや奇跡が起こって,徳に報いた。

 「第二十六 持戒比丘修・・・」

 戒律を守った僧が修行を重ねて法力で病気を治した。

 「第二十七 邪見仮名・・・」

 喜捨をだまし取ったり,塔の柱を燃やしたりしていた男が,熱い熱い,と言って死んだ。

 「第二十八 修持孔雀王・・・」

 役の行者は孔雀王経を読み,不思議な力を発揮した。

 司馬遷「史記列伝」より「第五十 匈奴列伝」。

 それぞれの風習があり,奇妙に見えるのは仕方がないにしても,それが野蛮であるとは言えない。それぞれの土地において起こったものであるから。数々のエピソードに溢れているが,中でも冒頓単于の話が特に面白い。

 新潮文庫「ローマ人の物語4 ハンニバル戦記中」 第五章 第二次ポエニ戦役後期 p.199

 次第にローマの挽回が進んでいく。ハンニバルの活躍がうまく行かない。スペインからはるばるアルプスを越えてイタリアに入ったハンニバルの弟は,ハンニバルほどの才能は無く,空しく破れ去る。

 以上で,新潮文庫の第四冊目が終わる。

 

2007年2月22日。木曜日。晴れ夜雨。旧暦1・5  ひのと い 三碧 大安 さんりんぼう

 あたたかい日だった。やはり異常だ。夜になって空が曇に覆われ暖かいので快適に散歩していたら,雨が降り出したので慌てて帰った。

 「日本国現報善悪霊異記 上巻」 「第二十九 邪見打・・・」

 門づけに来た僧を責めた男が雨宿りした倉が倒れて押しつぶした。

 「第三十 非理奪・・・」

 死んで生き返る迄の間に悪行を重ねていた,死んだ妻や父があの世で苦しめられているのを見て帰り,供養した。

 「第三十一 慇懃帰・・・」

 東人は観音に帰依し,幸運に恵まれた。

 「第三十二 帰信三宝・・・」

 三宝の御利益で罪のある者たちが助かったという話。

 「第三十三 妻為死夫・・・」

 夫が死んだので妻が仏画を描いてもらっていたところ,それは盗人が放火して家が燃えても焼けなかった。

 「第三十四 令盗絹衣・・・」

 絹の衣が盗まれ妙見菩薩を祈ったら鹿が元に戻してくれた。

 「第三十五 諦知識・・・」

 尼が仏画を盗まれる。放生のために買った籠の中から仏画が出てきた。

以上で日本霊異記の上巻が終わる。いろいろと変化に富んだ話ではあるが,頭のほうが慣れてきたので,二三日,お休みして頭を冷やしたい。

 新潮文庫「ローマ人の物語5 ハンニバル戦記下」 第六章 第二次ポエニ戦役終期  〜p38

  スペインから帰った,その後のスキピオの活躍である。しかし,元老院はスキピオにすべての権力を与えない。それでも。兵を集め,情報も集め,政治工作もして,着々と足場を作っていく。さすがに英雄である。スキピオを描く作者の筆の冴えも,ハンニバルを描くそれに劣らない。

 

2007年2月23日。金曜日。晴れ。旧暦1・6  つちのえ ね 四緑 赤口

 今日もすごい天気でした。まるで春。この頃の季節というのは一雨ごとに春めいていきます。ちょうど老人が病気をするごとに老けていくように。

 日本霊異記は上巻を読んだところで,中休み。例の赤本の日本古典文学全集37「仮名草子集」より「露殿物語」上(神保五弥・青山忠一校注・訳)。 寺に住んでいた,露殿と呼ばれた真面目な学問好きの青年が遊女に恋をして,結局逃亡するが追ってにつかまる。しかし,追っ手は女は取り返すが,露殿は許す,というところで上は終わる。

 ローマ人の物語の新潮文庫が28まで届きました。気長にいきましょう。

 

2007年2月24日。土曜日。晴れ。旧暦1・7  つちのと うし 五黄 先勝

 「春よ来い,はやく来い」ではなく,「春が来た,春が来た」の世界です。その陽気に誘われて松山へ行って来ました。正確に言うと,東温市の旧重信町です。石鎚山系の頂上付近には残雪が,陽春の午後の日を浴びて白銀に輝いておりました。

 「仮名草子集」より「露殿物語」中。恋仲の遊女と生き別れになった露殿は病気になります。しかし,世間話でその遊女に似た女が東海道を西に下ったと聞き,従者二人を連れて追うことになります。道行き風に,各地名にまつわる話題が述べられていくのですが,古典のパロディです。その悪ふざけには思わず笑ってしまいます。

 最近の読書から。「漱石とその時代 第一部」(新潮選書)2回目終わる。1回目が96年の11月12日から12月6日まで。今回が1月8日から今日まで。第一部は,夏目金之助の誕生,すなわち幕末から,熊本五高時代までである。あとがきにある。昭和41年11月から書き始めて,終わったのが45年3月12日と。ということは,江藤さんが,私の通っている高校で,同じ題で講演されたのは,この第一部の執筆中だったということになる。話は「心」が中心だったが。

 江藤さんの髪は黒々として若々しかった。その後髪はどんどんと白くなり老いていく。三島さんの没後の対談で,タクシーに同乗したとき,三島さんの首の後ろあたりに老いを感じたと,語っておられたが,それを追うように,その後の江藤さんもどんどんと年を重ねていかれたが,それはテレビや写真でみるとあまりにも早い老化のように思えたものだ。そのような思いで読んでみるせいか,この第一部はまさに油が乗り切っているときの,輝かしい作品になっているように思われる。 

 

2007年2月25日。日曜日。晴れ。旧暦1・8  かのえ とら 六白 友引

 本日は,少しばから寒うございました。でもそんなに長くは続かないでしょう。

 「仮名草子集」より「露殿物語」下。

 京の都に着いた露殿は神社仏閣を訪ねます。また遊郭の遊女に恋をし深い仲になります。何のためにここまできたのか忘れて。そして,延々と遊女評判記のような記事が続き,吉原の遊女がやってきて,露殿はどうしようか迷います。どちらを選んでも他方を不幸にするから,という訳です。そして選んだ結論は,出家ですから驚きます。吉原の遊女も出家します。ということで,まったくめちゃくちゃの展開です。単なる知識を羅列提供するのが当時の仮名草子の目的だったのでしょう。

 モンテーニュ「ローマ盛衰原因論」第二章 ローマにおける戦術について

 今も昔も領土拡張のためには,戦争が不可欠であり,そして勝たねばならない。ローマが大きくなったのは,ひとえに戦争に勝ったからである。そのための軍隊は,強い軍隊を求めて技術改良に全力を注いだ。「いかなる国民も,ローマ人ほど慎重な戦争準備をしなかったし,ローマ人ほど勇敢に戦わなかった。」(p.240

 新潮文庫「ローマ人の物語5 ハンニバル戦記下」 第六章 第二次ポエニ戦役終期  p38〜,ザマ−第八回戦 p.58

 いよいよアフリカ遠征中のスキピオとハンニバルの最後の戦いが迫ってきます。戦争は,スポーツと同じで勝つことが目的です。だから,理由はともあれ,勝ったほうが偉いのです。いよいハンニバル最後の戦いです。スキピオとカルタゴの講和によってハンニバルはカルタゴに帰っています。そこで,再び戦火が開かれます。スキピオの圧倒的勝利に終わります。これらの功により,スキピオ・アフリカヌスと呼ばれるようになります。

 

2007年2月26日。月曜日。晴れ。旧暦1・9  かのと う 七赤 先負

 今日は昨日よりも7℃くらい上がって最高気温が17℃になったようである。2・26事件や赤穂義士の討ち入りは雪のシーンが定番だが,既に春である。梅が満開である。水仙も。

 日本霊異記中巻に入る。「日本国現報善悪霊異記 中巻」「第一 恃己高徳・・・」

 長屋親王が元興寺の大法会で僧に食事を供する役の責任者になったとき,貧しい僧が炊事場に入って椀にご飯をもらった。これを怒って,象牙の冊で僧を打った。親王は讒言され捕らえられ,自殺した。

 「第二 見烏邪淫・・・ 」
 雄烏が餌を捕りに行っている間に,卵をあたためていた雌烏が他の雄烏と交尾し出て行ってしまった。帰ってきた雄烏は卵を抱いたまま死んでいた。それを見て世を厭い出家した。妻も出家した。

 日本の名著22の司馬江漢「春波楼筆記(抄)」(芳賀徹訳)へ入る。「欲望のワナ」より。

 狐狸の言として「われわれでも,あのねずみの天ぷらの匂いが鼻に入ると,あれをくったらわなにかかる,命を失うとはよく知っているも,命を捨ててでも食いたいと思ってしまう。そこが畜生のあさましさというものだ。そこでちょっと考えてみれば,人間だって同じようなわなにかかりそうなものじゃないか。」と言って人間を化かす三つのワナを挙げる。その三つとは? 正解はp.411。

  新潮文庫「ローマ人の物語5 ハンニバル戦記下」 第七章 ポエニ戦役その後  ヘレニズム諸王国 p.101

 ザマの会戦で勝利したスキピオ・アフリカヌスは,戦術家としてのみならず,外交政治家としても驚くべき手腕を発揮して,アフリカのマケドニア,エーゲ海周辺のヘレニズム諸国,そして最後にアジアに属するシリアまでローマの版図を広げる。ローマ同盟である。

 ローマはハンニバルに痛めつけられていただけではなかった。絶えず改良を加え,ハンニバルの力が衰えた頃には,向かうところ敵無しの大軍事国家になっていたのだ。しかも,その軍事国家というところにカラクリがあった。すなわち,兵力の提供が同盟国家から成されたのである。しかし,その大帝国を築くのに最大の貢献をしたスキピオ・アフリカヌスの栄光にも翳りが出るところが,ローマも完全な理想国家ではなかったということであろうか。

 

2007年2月27日。火曜日。晴れ。夜小雨。旧暦1・10  みずのえ たつ 八白 仏滅

 午後から曇って夜小雨が降っていたが,まずまずの暖かい日だった。

 「日本国現報善悪霊異記 中巻」「第三 悪逆子愛・・・」

 妻を残して母を連れて築紫に防人として赴任した役人が,母を殺せば,喪に服せて帰国でき妻に会えるので,母を殺そうとする。すると地が裂け,男は落ちる。

 「第四 力女捕・・・」

 上巻第二に出てきた,狐の妻の四代目の美濃狐という力が強く市場で危害を加えていた女と,元興寺の道場法師の孫である力の強い女が力比べして,美濃狐が負けるという話。

 「第五 依漢神祟・・・」

 家長が異国の神に祟られたので,七年間毎年一頭ずつ牛を殺して祈祷しても病気は治らなかったので,今度は毎月欠かさず放生に勤めた。死の床に伏し一〇日目に生き返った。その間,閻魔庁で裁判にかけられ,殺した牛と,放生したものたちが対決し,放生した者たちに助けられた。

 「第六 至誠心奉写法華経・・・」

 法華経を写経して,それを納める箱を作ったところ入らない。祈ると,もう少しの所まで変化した。さらに祈ると,今度は入るようになったという不思議な話。

 日本の名著25 渡辺崋山「再稿西洋事情」(佐藤昌介訳)を読むと,鎖国下の江戸時代末期においては,西洋のことが分からなかったのではなく,よくわかっていたが,それを活用したり,それを基に改革したりする制度や人材の欠如が痛切に感じられます。一言で言えば,徳川幕藩体制の弊害です。体制が悪いから人材が登用されない。人材がいないから体制か変えられない,というどちらが原因で結果かわからないような状況であったと思いますが,無駄な二〇〇年間だったと思います。もし鎖国していなかったら,あらゆる分野でヨーローッパ人に互して日本人が活躍できた場合が多々あったのではないかと思われます。

 新潮文庫「ローマ人の物語5 ハンニバル戦記下」 第七章 ポエニ戦役その後 スキピオ裁判 p.136

 ハンニバルを負かしたスキピオ・アフリカヌスは,大カトーの息のかかった二人の護民官に厳しく弾劾され,弁明するすることなく,別荘に引きこもります。もちろんローマ市民も弾劾を認めた訳ですから,これが救国の英雄に対するローマの仕打ちだと言われても仕方がないでしょう。まさに政治の世界というものは,食うか食われるかの魑魅魍魎の世界だということです。ただ,大カトーがこういうことをした理由の一つ,ローマは共和制なので英雄はいらないという説は一理あるにしても,そこまでスキピオは独裁者になった訳ではなかったと思われますから,やはり同時代人どうしの確執であろうかと思います。だから,真っ正面から相手にしなかったスキピオは偉大だと思います。また,スキピオをただ一人で擁護したグラックス(あの有名なグラックス兄弟の親)も立派な人だと思います。さて,この章で,スキピオもハンニバルも舞台から去ります。ということは,単行本での第二巻も終末に近づいたということです。

 二回目の源氏。「帚木」。この巻は,嫌になります。いわゆる「雨夜の品定め」という有名なところですが,そのめりはりのない叙述には辟易です。果たしてここも,紫式部が書いたところなのでしょうか。長編小説の二巻としては感心しません。でも,人物関係はよいと思います。角川文庫の玉上琢弥訳注に加えて,教養文庫の秋山虔「源氏物語 若い人への古典案内」も読んでみました。小生は若くはありませんが,どうしてどうして,ほどよくまとめられていて,手頃でした。該当のところは,そのものずばり「雨夜の品定め」です。

 

2007年2月28日。水曜日。晴れ。。旧暦1・11  みずのと み 九紫 大安

 いよいよ二月も終わりです。太陽はかなり近づき,家の中に射し込む光が少し短くなりました。朝は6時頃から薄明るく,夜も6時過ぎになってもやや明るいようになりました。とはいえ本日はやや気温が下がり,夕方は寒かった。

 「日本国現報善悪霊異記 中巻」 「第八 贖蟹蝦命・・・」

 登美寺の上席の尼である鯛女は蛇が蛙を飲み込んでいるのを見て,蛇の妻になってもいいからと言って蛇に恃んで,蛙を放生する。また老人がもっている蟹を衣類と交換に放生する。蛇が約束通り鯛女を妻にしようとやってきたとき,蟹が蛇を食い殺した救った。報恩であるとともに受戒のおかげでもあったということ。

 「第九 己作寺・・・」

 黒斑の牛には,前世で寺の物を使ったので牛に生まれ変わったという碑文が斑の中にあった。親類縁者はこのことを広く伝え反省した。

 「第十 常鳥卵煮食・・・」

 いつも鳥の卵を取っては煮て食べていた若者が火の中に押し込められ,足の肉を焼かれて一日後に死んだ。

 司馬遷「史記列伝」より,「楽毅列伝」

 信頼されていた燕の昭王が亡くなると,その息子恵王がが即位する。恵王は楽毅を好いてなかったので,取り巻きの奸計で,楽毅は疎んじられ窮地に立たされるが,挽回するという,よくあるような話であるが,楽毅の人格と手紙が凡庸になるのを防いでいる。

 「君子は絶交したあとで相手の悪口を言わぬもの,忠臣は国を去ったあとで自分の宣伝はいたさぬもの」(p.211)は,名言。

 新潮文庫「ローマ人の物語5 ハンニバル戦記下」 第八章 マケドニア滅亡

 「敗北とは,敵に敗れるよりも自分自身に破れるものなのである。」(p.170)

 第九章 カルタゴ滅亡

  ローマ連合から属州に変わっていく変化を,「穏やかな帝国主義」から「厳しい帝国主義」へと,ローマが政策転換したからだと説明される。紀元前一四六年を境として。 

 「マーレ・ノストゥルム」

『ローマの壊滅を生涯の悲願としたハンニバルは,他の誰よりもどの国よりも,ローマを強大にするのに力を貸してしまったことになる。地中海全体を,これほども短期間のうちにローマ人の「われらが海」(マーレ・ノストルス)にしてしまったのも,ハンニバルであったと思うしかない。』(p.207)

 かくして,地中海の覇者ローマができてしまった。以上で,「ハンニバル戦記」が終わる。新潮文庫で5冊目,単行本では2冊目が,やっと終わった。そして二月も終わった。生涯で最も暖かな二月だったと,長く,生きているかぎり記憶に残るであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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